19.play with me!

〜DENJI side〜

「へえ。ここが森の洋館なんだ。ずいぶん雰囲気がある建物だね」

 雰囲気があるなんて生易しい言いかたでは足りない。何も知らない人間がここを通りかかっても、ここが『出る』場所だと間違いなく見抜けるだろう。それくらい不気味で、荒廃している。それを『雰囲気がある』なんて言いかたで片付けるとは、どうかしている。
 Nは不思議そうに首を傾げて、オレの視線を受けた。

「なに?」
「いや……ケロリとしているもんだな。怖くないのか?」
「何故? 相手がポケモンだとわかっているのだから怖がる必要性はないよ」
「……そういや、レインもこういうところ、あまり怖がらないよな」
「お化け屋敷とか、そういう作り物だとビックリするけれど、相手がポケモンとか生き物なら、そこまでは」
「……そうか」

 レインが言う『生き物』に幽霊は含まれるのだろうか、とオーバに聞かれたら笑い飛ばされそうなことを考えながら洋館の入り口の扉を押し開いた。
 建物の外観ほど中は荒れておらず、階段の手摺りなどに埃が積もってはいるが、掃除すれば人が住めそうだと思う程度には綺麗だった。それがかえって不気味で、自分の意志に反して身震いしてしまう。それを目敏く見つけたNが言う。

「デンジは怖いのかい?」
「まさか」
『……クスクス』

 勢いよく反論しようとしたときだった。合図をしたわけでもないのに三人の動きが一斉に止まった光景は、端から見たら面白かったかもしれない。当のオレたちは面白いなど微塵にも思っていないのだが。

「……」

 レインに視線を向けてもふるふると首を横に振るばかり。だが、確かに笑い声が聞こえたのだ。決して大きな声ではなかったのに、何故かそれはいつまでも耳にはっきりとこびり付いて離れない。
 レインとNもオレと同じような反応をしているのだから、二人にも聞こえたのだろう。しかし、誰も言葉にして確かめようとはしなかった。無言のまま、足の裏を無理矢理引き剥がすようにして洋館の奥に進む。

「ここは食堂か……?」

 白いレース状のテーブルクロスが敷かれた長いテーブルと、一定の間隔で並べられている猫足のイス。小規模なパーティでもできそうな広さの食堂だ。絨毯が一面に敷かれており、他の部屋に比べて埃っぽい。

「特に変わったことはなさそうだけれど」
「ああ」
「デンジ」
「なんだ」
「モンスターボールにずっと触れているくらいならポケモンに出てきてもらったら?」
「うるせ……」
「きゃっ!」

 短い悲鳴が、静けさに響いた。レインの声だ。食堂を見回してもレインはいないが、食堂の奥にある扉が半開きになっている。いつの間にか隣の部屋に行っていたようだ。

「レイン!? ……え」

 オレは目を点にするしかなかった。レインがいた部屋は物置のようになっていて物が乱雑に置かれているのだが、面食らったのはレインの姿に、だった。レインは、何故か頭から水をかぶり全身びしょ濡れになっていた。

「くしゅっ!」
「どうしたんだよ。ずぶ濡れじゃないか」
「そ、そこにある洗濯機を触ったら、動いたの!」
「洗濯機? それか? でも、水が通ってなければコンセントすら繋がっていないぞ」
「……あら?」

 レインの言うとおり洗濯機はあるものの、とうてい使えるとは思えない状態だ。とりあえず、風邪をひかないように上着を脱いでレインの肩に掛けてやったが、当の本人は納得がいかなそうに洗濯機を開けたり閉めたりしている。何度試してみても変わらないと思うのだが。

「うわ!」
「今度はNか!?」

 Nの声がした食堂に戻ったオレはまたしても目が点になってしまっているのだろう。何が起きたのか、竜巻にでも突っ込んだかのように、Nのボリュームのある髪は見事に逆立っているのだ。なんだろうな、この光景は。じわじわ来る。

「……おい。髪が爆発してるぞ」
「ビックリしたよ。これを触ったら突風が」
「そりゃそうだろ。扇風機は風を生む道具だからな」
「そうじゃなくて」
「こっちは調理場か。こっちも変わったところは特にないけどな……」
「デンジ君! ダメ!」
「え」

 何気なく冷蔵庫に触れたときだった。オレが触れた途端、冷蔵庫の扉が突然開き、中から冷気と共に霜が吹き出してきたのだ。それを体の前面全体に浴びてしまったときのオレの気持ちがわかるだろうか。目の前にオーバがいたら間違いなくアフロを毟りにかかっている。それくらい理不尽な怒りに襲われているのだ。

「……なんだこれは」
「大丈夫!?」
「ああ……ひっくしゅ!!」
「あの、上着、返すわ。デンジ君のほうが風邪引いちゃう」
「悪い……それより、エレキブル! 冷蔵庫に10まんボルト!」

 10まんボルトが直撃する直前、何か影のようなものが冷蔵庫から飛び出して、オレたちの間をすり抜け、食堂の扉から廊下へと出て行った。

「ポケモンだわ!」
「逃がすか!」

 すぐにオレたちも後を追いかける。階段を一段飛ばしに駆け上がり、洋館の二階にある扉を片っ端から開けていく。部屋はいずれも小さな個室で、かつて洋館に住んでいた人それぞれのプライベートルームのようだった。

「どこに行ったのかしら……波導を読んで……」
「その必要はないさ。幽霊ポケモンは電化製品に入り込み、オレ達に悪戯を仕掛けてきた。この館に電気は通っていない。それなら、動いている電化製品にポケモンが潜んでいるはずだ」

 また一つ扉を開く。今度の部屋にはテレビが置いてあり、しかも不自然なことに画面には砂嵐が吹き荒れている。自ら居場所を知らせてくれるとは、ずいぶん親切なポケモンだ。

「プラズマポケモン、ロトム。電気のような体は一部の機械に入り込むことが出来る、ですって!」

 レインがポケモン図鑑を読み上げている間にも、ロトムは次の電化製品に乗り移った。洗濯機が物置部屋、扇風機が食堂と、電化製品が不自然なところに置いてあるとは思っていたが、電化製品に入り込んだロトムが洋館内を移動していたからかもしれない。でなければ、こんなところに電子レンジがあるのはおかしい。
 テレビから飛び出し、電子レンジに入り込んだロトムは、炎を吐き出して攻撃してきた。

「今度はほのおタイプか!?」
「トリトドン! みずのはどう!」

 レインのトリトドンが放ったみずのはどうが、オーバーヒートと相殺し、ジュッという音を立てて蒸気が部屋中に広がった。その白い蒸気の中から、刃のように鋭い刃が竜巻のようにトリトドンヘと襲いかかる。
 ロトムは電子レンジに続き、芝刈り機に入り込んだのだ。

「トリトドン! 今度はくさタイプなの?」
「どちらにせよでんきタイプも兼ねてるんだろ! エレキブル、じしんだ!」

 その瞬間ロトムが笑った気がした。

「あ」

 宙に浮いてみせたロトムはケラケラと盛大に笑い転げた。そういえば、ロトムがこの部屋まで逃げるとき、浮かんで移動していた気がする。
 案の定、図鑑を見たレインが「特性が浮遊……みたいね」と呟くと、ロトムがドヤァという効果音がつきそうな表情をするものだから、頭の中で何かが切れた。こいつ絶対ごめんなさいと言わせてやる。



20120110



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