17.sweet home

〜N side〜

(落ち着いて)

 コリンクのものでもイーブイのものでもない声が、ボクに降り注がれた。とたんに、周囲の空気がほかりとあたたまった。それは比喩ではなく、僅かに周囲の気温が上昇したのだ。
 それはきっと、ボクに話しかけてきたウインディが部屋に入ってきたからだろう。

(大丈夫。ゆっくり、息を吸って)
「……っ」

 空気を胸一杯に吸い込んで、ゆっくりと吐き出すと、自然と落ち着くことができた。まだ心臓は激しく鼓動を刻んでいるけれど、平静を保てないほどではない。
 コリンクとイーブイは遊びを止めて、泣きそうな目でボクを見上げている。

「ゴメンね。心配させたね。ボクは大丈夫だよ」
(ほんとうに?)
(いたくない? くるしくない?)
「大丈夫。心配してくれてアリガトウ」
(コリンク、イーブイ。N君は少し疲れたみたいだから、ちょっと休みたいんだって。いい子だから、しばらく君たちだけで遊べるよね?)

 ウインディの言葉に素直に頷いてみせた二匹は、ボール遊びに戻っていった。
 ウインディはまた外に戻るのかと思ったが、壁際で伏せの状態をとり、ボクに対して自分の体に寄りかかるように促したので、お言葉に甘えさせてもらった。
 あたかい体毛に体を沈めると、まるで陽だまりに抱かれているようで落ち着く。

「アリガトウ」
(あまり無理をしないで。レインちゃんも心配する)
「……そうだね」

 ウインディはボクがこうなった理由などを追及してこなかった。
それっきり、ボクとウインディは会話らしい会話もなく、遊ぶコリンクとイーブイを眺めていたけれど、ふとボクは気になっていることを思い出した。

「ここには訳ありのポケモンたちが同じような境遇の子供たちと一緒に暮らしていると聞いた。キミもかい?」
(うん。って言っても、俺がここに来たのはもう十年以上前だけどね。まだ野生のガーディだった俺は事故……落石だったかな。事故で両親を亡くしたんだ。路頭に迷っているところをここの職員に保護された)
「そうだったんだね……キミはあの子たちにとってお兄さんのような存在みたいだけど他にもキミみたいに小さいポケモンたちの面倒を見ているポケモンもいるのかい?」
(ううん。今は俺だけ。あ、病院のほうにはタブンネとか他にもいるけどね。ポケモンも人間も、大きくなったらだいたいここを出て独り立ちするんだ。俺みたいにここに残る場合もあるけれど)
「キミは自分でここに残ると言ったのかい?」
(そうだよ。一人でもある程度戦えるようになったとき、野性に帰るか、それとも誰かトレーナーを募集するか聞かれたけれど、俺はここに残ってみんなを守りたかったんだ。だからたまに、レインちゃんからバトルの訓練をしてもらうことはあるけどね)
「じゃあキミのトレーナーはレインなんだね」
(トレーナーは誰かと言われたら、ね。でも、俺はみんなを守る力は欲しいけれど、常に戦っていたいほどバトルが好きってわけじゃない。レインちゃんはそこまでわかってくれているから、ほとんど俺の好きにさせてくれるよ。だから、こうしてここにいるポケモンや人間の子供たちを守っていられる)
「……キミは本当にここが好きなんだね」
(うん。だって、俺にとってはここが家で、みんなが家族だから)
(ねえねえ! なんのおはなししているの?)

 ボクとウインディが話していると、コリンクとイーブイが仲間に入れてと言うように駆け寄ってきた。二匹を見るウインディの顔付きは、確かに『お兄さん』だ。
 これが、一つの家族。レインとデンジと二人のポケモンたちも、また別の家族。この世界には種族を越えた家族がたくさんあって、それぞれが別の形をしているのだろう。
 ボクにとっての家族とは? 自問してみれば、一番に思い浮かんだのは森の中で共に過ごしたトモダチの姿だった。彼らもそう思ってくれていたら、それ以上のことはない。

「ねえ。キミたちは大きくなったら何がしたい?」

 ボクの問いに、コリンクは(やせいにかえってパパとママにあいたい!)と元気な声で言い、イーブイは(やさしいトレーナーといろんなところをたびしてみたい)と夢見るように言った。
 それぞれの理想が叶い、いつかそれぞれ違う道を歩む日が来るとしても、きっと、彼らの心が繋がっていることに違いはなく、ここはいつでも彼らを待っている。
 いつ帰ってきてもあたたかく迎えてくれる場所。それがきっと『家族』なのだから。



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