12.make peace

〜N side〜

「働かざる者食うべからず、だからな。まさか、ただで住まわせてもらおうとは思ってないだろうな?」

 レインに箸の使い方を教えてもらいながら朝食をとっているボクに向かって、箸の先を突きつけながらデンジが言った。意外とデンジは箸の持ち方が綺麗だと思っていたけれど、チマリから「おはしの先を人に向けたらダメなんだよ!」と怒られている。どうやらそれはマナー違反らしい。覚えた。

(……デンジがそれを言うんだ)

 デンジのサンダースがそう言って、どこか呆れたような目付きでデンジを見上げている。
 デンジにも、鳴き声としてサンダースの言葉が届いたのだろう。サンダースに視線を向けると、サンダースは知らん顔をして自分の食事に戻った。

「なんだよサンダース。その目は」
「……」
「おい。レイン、N、何黙ってんだよ」
「じ、じゃあN君。私、今日はお仕事お休みなの。だから、家のことをいろいろお手伝いしてくれると助かるのだけど、どう?」
「おいレイン。サンダースは何て言ったんだよ」

 レインはサンダースの言葉に心当たりがあるような顔をしているが、敢えて触れないようにしているようだ。
 それは置いておくとして、デンジの言うことは正論だ。ボクは今まで見せかけのプラズマ団の王として、英雄になるべき人間として、城の中で不自由なく暮らしてきた。
 しかし、もはやボクは英雄にすらなれなかったただの人間だ。衣食住を得るためにはお金が必要。お金ならあるけれど、二人はきっと受け取ろうとしないだろう。ならば働いて、ここに止まらせてもらうという恩を返すのが一番良い。

「わかった」
「じゃあ、決まりね。お昼からはナギサシティを案内するわね。デンジ君、それで良い?」

 デンジはまるで品定めをするようにジロジロとボクを見てきた。なんだろう。そんなにボクの箸使いが変なのだろうか。

「なに?」
「レインに手を出したらどうなるかわかっているだろうな?」
「手を出す?」
「……いや、なんでもない」

 デンジは一瞬だけ目を見開いてそう言った後、ごちそうさまと言って食器を重ねた。
 「あ、デンジ君。後は私がやっておくから。急がなきゃ、もう九時過ぎているわ」「ああ。悪いな。チマリー。そろそろ行くぞー」「はーい!」と、デンジに返事をしたあと、チマリは残りのトーストを口の中に詰め込み、ミルクで胃へと流し込んだ。
 今更ではあるが、ジムリーダーの出勤時間がこんなものでいいのだろうか。イッシュのジムは九時にはもう開いていた気がする。

「じゃあな」
「ええ。ここからでごめんなさい。いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
「……いってらっしゃい」

 いってらっしゃい、なんて初めて使った言葉だ。なんだかすごくこそばゆくて、でも、あたたかい。

「N君はゆっくり食べてね。まだお箸使い慣れないだろうし」
「うん。それでボクは今日なにをすればいいのかな?」
「えっと。私は食器を洗ってお洗濯物を干すから、お掃除をしてくれると助かる……」
(レインちゃん、おはよー)
「あら。おはよう」

 起き抜けのその声には聞き覚えがあった。以前に聞いたときは、悲しみと怒りが交錯した声色だったけれど、確かに、あの子だ。

「あ……」
「私のポケモンたちはだいたいみんな海に放しているのだけれど、この子は家の中が好きなの。シャワーズ。今日は珍しくお寝坊さんだったわね」
(ふあああ〜。ねむい……あ!!)

 ボクを見た瞬間、レインのシャワーズの表情はイッシュで出会ったあのときと同じものに変わってしまった。



20121117



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