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11.make peace
〜N side〜
「キミたちは夢があると言った……その夢……叶えろ! すばらしい夢や理想は世界を変える力をくれる! キミたちならできる!! それじゃ……サヨナラ……!!」
ボクはあの場所からいなくなってしまいたかったのかもしれない。過ちで身を塗り固めてしまった姿を晒したくなくて、レシラムを道連れにして逃げるように飛び去った。「サヨナラ」と。ボクがそう言ったあとに、彼らが見せた表情を見ない振りしたボクは、世界で一番の臆病者になったのだ。
もう一度、彼らと真っ直ぐ視線を合わせて話せるボクになるために、ボクは。
* * *
「………?」
なんだろう。胸の上に何かがのっているような息苦しさを感じる。いや「のっているような」ではなくて「のっている」のだ。
うっすらと目を開けたボクの眼前にはピカチュウの耳が生えた女の子がいた。
「わ……!」
「きゃーっ!!!」
まるで化け物でも見たかのような悲鳴を上げながら、ピカチュウの耳を生やした女の子――正確にはピカチュウの着ぐるみを着た女の子は、逃げるようにその場から走り去った。耳の奥がジンジンして痛い。
「……レシラム。まだ元気が出ないんだね。ゴメンね。ゆっくり休んでいて。アリガトウ」
モンスターボールの存在を初めて有り難く思った。この中で眠っていればレシラムは安全だ。
布団の傍らに畳まれて置かれているボクが着ていた服に着替えて、ボクは部屋を出た。
人の気配があるキッチンへ行くと、先ほどの女の子がレインの周りをピョンピョン飛び跳ねている。ボクと目が合った女の子は「きゃ!」と短い声を上げてレインのエプロンにしがみついた。
「おきたよ! Nがおきた!」
「チマリちゃん。おにいちゃん、ってつけないとダメよ。おはよう、N君。よく眠れた?」
にこりとボクに笑いかけるレインと、ボクとを、女の子――チマリは交互に見比べた後、くりくりした瞳でボクをじっと見上げてきた。その瞳が余りにも澄んでいたので、吸い込まれてしまいそうだと思った。
「ほら。びっくりさせちゃってごめんなさいは?」
「うん! Nおにいちゃんごめんなさい!」
「朝から元気だなーチマリ」
「……」
気が付かなかったけれどデンジもいたらしい。冷蔵庫にもたれ掛かってあくびをかみ殺している。
その姿をボクがじっと見ていると、寝起きで機嫌の悪いムーランドのような目付きで睨まれた。
「なんだよ」
「いや。結構大きな娘さんがいたんだね」
「違うもん!! チマリやだ! デンジみたいなおとうさんやだー!!」
「おまえは朝から喧嘩売ってるのかー?」
「いたいいたいいたい!」
デンジはチマリを背後から捕まえて、両手の拳で彼女のこめかみをグリグリと攻撃し始めた。もちろん本気ではなく半ばジャレているのだろうけれど、そこそこ痛そうだ。
「チマリちゃんは私と同じ孤児院で育てられたの。チマリちゃんには本当のお父さんとお母さんがいないから」
「キミも?」
「……デンジ君とは本当に昔から、こんな風に仲良しなのよ。チマリちゃんは」
自分のことは流水のように受け流してみせたレインは柔らかく笑った後、デンジとチマリの仲裁に入った。レインの後ろに身を隠したチマリは顔だけを出して、デンジに向かって思い切り舌を尽きだして見せた。心なしか目が潤んでいるようだ。
「バーカバーカ! デンジのバーカ!」
「おまえ女の子だろ。バカはないだろ。誰に似たんだこの口の悪さ」
「……キミじゃないの?」
今度は戦闘態勢に入ったレパルダスのような眼差しで睨み付けられたけれど、ボクはおそらく間違ったことは言っていない。子供は一番近くにいる大人をマネながら育つものだ。
「N君。具合はどう?」
「お陰様でもうなんともないよ」
「よかった」
「そういえばタブンネは?」
「ちょっと前に病院へ戻ったわ。N君のことを心配していたけれど」
「そう。また改めてちゃんとお礼を言いたいな」
「ええ。今度案内するわね。……あ、もうこんな時間。さあ、ちょっと遅いけれど朝ご飯にしましょう。今日はチマリちゃんが来てくれたから、チマリちゃんが好きなオムレツにしたの」
「やったー! たべよ!」
「え?」
「レインちゃんのごはんおいしいんだよ! いっしょにたべよ!」
チマリはボクの手を引いて席に着くよう促す。食卓にはレインが言ったとおり、オムレツ、サラダ、トーストと言ったものが並べられている。
四つの席全てが埋まっていることにドキドキした。ボクが一緒でもいいんだろうか。
戸惑いながらチマリを見ると、彼女はまるで向日葵のような笑顔をボクに向けてくれたから、喉の奥がじんわりと熱くなった。誰かと一緒に食事をする、なんて。
「……うん」
思わず泣いてしまいそうになってしまったなんて言えないけれど、きっとレインとデンジには気付かれているんだろうな。
20121111