10.lost truth

〜Audino side〜

 デンジさんのご両親は仕事柄、デンジさんが小さい頃からどちらかが家を空けることが多かったらしい。デンジさんはもともとご両親と三人で暮らしていたけれど、デンジさんが成人したことを機に、デンジさんのご両親は仕事の拠点を他の地方に移して家をデンジさんに任せた。今では長期休暇のときにナギサシティに戻ってきているみたいだけど、タブンネはまだ直接会ったことがない。
 一度だけ、レインちゃんとデンジさんの結婚報告のときにモニター越しに見かけたことはあったけど、二人ともさすがデンジさんのご両親というか、すごく綺麗な人たちだった。もちろん、ポケモンと人間の美的感覚が同じかわからないけど。
 Nさんに与えられた部屋は、元々デンジさんのお父さんが使っていた部屋らしい。昔は工具でごちゃごちゃしていたらしいけど、今はすっかり片付いて、何もない部屋にお布団だけ敷いてある光景は少し殺風景に感じる。
 今度お花を摘んできてお部屋に飾ろうと思いながらNさんの額にのっているタオルをとると、瞼がゆっくりと持ち上げられてその下から現れた瞳と目が合った。

『ごめんなさい。タオルを変えようと思って』
「……アリガトウ。キミがくれた薬のおかげでだいぶん楽になれたよ。もうこんな時間だしキミも休んでね」
『タブンネは大丈夫。今日はここにお泊まりしてって、レインちゃんとデンジ君が言ってくれたから』

 Nさんは「そう」と言って微笑むと、腕を伸ばしてタブンネの頭を撫でてくれた。

「キミのトレーナーは彼女なのかい?」
『うん。タブンネの一番大切で大好きな人だよ』
「大切? 大好き? 一番?」
『うん……タブンネにはレインちゃんの前に違うトレーナーがいたの。でも、そのトレーナーはタブンネのことを必要としてくれていたけれど、愛してはくれなかった』
「どういうことだい?」
『タブンネは……そのトレーナーの他のポケモンたちを強くするためのレベル上げの道具として、そのトレーナーの傍にいたの』
「っ」

 Nさんは勢いよく起き上がった。熱が上がるといけないからそのまま聞いて、と横になるように促してもNさんは険しい表情をしたままタブンネの次の言葉を待った。

『……それでいいって思っていた。タブンネは戦うことが苦手だから、そのくらいしか役に立てないから……必要としてくれいるだけで十分だって……でも、ほんとは、苦しくて、痛くて、辛かった……』

 涙が零れた。でも、泣いているのはタブンネじゃなくてNさんだった。虚ろな瞳からぽろぽろと溢れ出して頬を伝う涙は、まるで葉の上を滑る朝露みたいに綺麗だと思った。
 Nさんはタブンネを抱きしめてくれたけれど、それはタブンネを慰めようとするのと同時に、Nさん自身が自我を保とうとしているように思えた。

『それを、レインちゃんはおかしいって言ってくれた。そこから連れ出して、タブンネに新しい世界を見せてくれたの。タブンネがバトルを怖いって思っていることを知っているから、レインちゃんはタブンネのことを戦わせたりしない。タブンネは今ね、病院でお医者さんのお手伝いをしたり、小さなポケモンの面倒を見たりしているの。毎日、とっても楽しいよ』
「……」
『えっと……ね。とにかく、だからタブンネはレインちゃんが大好きなの。知らない人間はまだ少し怖いけど、人間には素敵な人がたくさんいるから』
「……そうだね」

 ぎゅっ、とNさんはタブンネを抱きしめる力を強めた。

「ボクも知っているよ。素敵な人」

 Nさんの表情は見えないけれど、そう言ったNさんの声は今まで聞いた中で一番穏やかだった。
 今、Nさんは誰を想っているんだろう。タブンネがレインちゃんに救われたように、Nさんもその人に救われたのかもしれない。
 いつか、Nさんがその人と一緒に光の中で笑える日が来ますように。今のタブンネとレインちゃんみたいに。

『おやすみなさい』
「おやすみ。アリガトウ」

 Nさんとお話ししたら、なんだかレインちゃんと一緒に眠りたくなってきた、な。久しぶりに甘えちゃっても大丈夫かな。
 きっと、レインちゃんはいつもみたいに笑って、おいでって言ってくれる。そして、レインちゃんのお友達になった初めての夜みたいに、タブンネが眠るまで子守歌を歌ってくれるんだ。



「lost truth」 END 20121104



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