09.lost truth

〜Denji side〜

 どうして忘れていたんだろうな。まあ、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて、覚えている必要がないと脳が判断したのかもしれない。しかし、思い出した今じゃ、こいつを殴り飛ばしてやりたい衝動を必死に堪えている。
 だって、そうだろう。ジムリーダーはポケモンを傷付けることを推進させる存在だ、なんて言われたら。
 オレの怒りを察したのか、レインがオレの腕をそっと掴んだ。Nはと言うと、気まずそうに目を伏せて自分の指先を見ている。

「デンジ君」
「……」
「今もまだそんな考えでいようものなら、今すぐにここから蹴り出すところだったが……」

 先ほどの言葉とこの態度に偽りがないのならば、Nはもう人間とポケモンを切り離すべきとは考えていない。いや、まだ完全に人間への不信感を捨て切れてはいないのだろう。
 それでも、こいつは変わろうとしている。色んな世界を見て、一点しか見ていなかった自分の世界を広げようとしている。
 こんなことを考えるなんて、オレらしくないけど。

「しばらくここにいればいいんじゃないか?」
「え?」
「!」
「簡単に言うと、おまえは人間を憎んでいたんだろう。だから、ポケモン……トモダチを人間から守るために、人間とポケモンの住む世界を切り離そうとした。そんなおまえにカツを入れた奴がいるみたいだが、見たところ、まだ完全に気持ちの整理が出来たわけではないみたいだしな」
「……」
「気持ちの整理がつくまで、ここにいりゃいい。部屋は余っているしな」
「デンジ君」
「って、勝手に言ったけど」
「ううん。私も同じことを言おうとしていたの」
「そうか」
「ねっ、N君」
「……」
「……勘違いするなよ。オレは、ポケモンと人は共存してこそ幸せになれるってことを、おまえに証明したいだけだ。そりゃ、ポケモンが苦手な人間もいる。人間が嫌いなポケモンもいる。そういうやつらが無理に一緒にいる必要はないが、お互いがお互いと必要としている存在までわざわざ切り離す必要はないだろう」

 Nは依然、沈黙している。レインでなくとも、Nの考えが手に取るようにわかる。
 戸惑いと不安。オレたちに対する申し訳なさと少しの不信。そして、頼りたいと思う気持ち。

「N君。ありがとう。私は貴方のおかげで変われたの」
「……ボクの?」
「ええ。イッシュで貴方に出会ったおかげで、別の視点からポケモンと人間の関係を見つめることができた。私の世界は貴方に会えたおかげで広がったの。だから、ありがとう」
「……」
「だからね、私も貴方の力になりたいの。貴方が真実を見付ける手助けができたら嬉しいな」

 こういうとき、レインは本当に人を宥めるのがうまいと思う。相手の手をそっと握って、視線を合わせ、柔らかい声色で、微笑みながら、小さな子供に言い聞かせるように話す。
 実際、Nの精神は子供と大差ない、いや、子供よりずっと無垢で純粋なのかもしれない。だから、自分の真実を信じ、最後まで貫いたんだ。
 Nは覚悟を決めたようだった。レインを見て、その次にオレを見て、すっと背筋を伸ばして頭を下げた。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
「言っとくけどな、オレとレインの部屋には立ち入り禁止だぞ。それから、レインに手を出そうものならナギサの海に沈めるからな」
「ちょっと、デンジ君」

 Nはオレとレインの左薬指の指輪に気が付いたようだ。すると、Nは慈しみと悲しみが入り交じったような表情をして

「キミたちの間に産まれる子供は幸せなんだろうね」

 と、呟いたのだ。



20121101



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