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06.lost truth
〜Denji side〜
「どうだ? タブンネ」
タブンネは触覚を引っ込めてこちらを振り向き何かを言ったが、オレにはミィミィ鳴いているようにしか聞こえない。
翻訳を頼むという意味を込めてレインを見ると、それだけでオレの考えを理解したのだろう。レインはどこか安心したように柔らかく微笑んだ。
「少し熱があるみたいだけど、安静にしていれば大丈夫みたい。彼が起きたら、タブンネが持ってきてくれた薬を飲ませましょう」
「ああ」
「わざわざ来てくれて本当にありがとう、タブンネ。助かったわ」
レインが頭を撫でてやると、タブンネは本当に嬉しそうに笑う。オレがそうしたときの比ではない。
レインに救われたタブンネにとってレインは絶対的な存在であり、褒められたことが本当に嬉しいんだろうと思う。もしかしたら、昔のオレとレインの関係はこんな感じだったのかもしれない。
タブンネはレインに何かを話したかと思うと、キッチンがある方へ向かった。レインに視線を向けると「彼が起きたときのためにあたたかい飲み物を作るんですって」とのことだ。
「……彼も、レシラムも、どうしてあんなところにいたのかしら」
「さあな。でも、オレはレインのことを思い出したよ。十三年くらい前の、あの日のことだ」
「……そうね。あの日も雨だったって、デンジ君、言っていたものね」
あのとき、海で溺れていた女の子がオレの奥さんになるなんて、当時のオレは考えもしなかっただろう。
オレとレインが出逢ったのはただの偶然だった。しかし、たった一度の偶然がオレの人生をこんなにも変えた。ただの偶然、されど全ての出来事にはきっと意味があるのだ。
レインもきっとオレと同じことを考えて、男を見ている。
「この出会いも、何か意味があるのかしら」
「……ぅ」
微かに血色が戻った男の唇から呻き声が聞こえた数秒後、男は目を覚ました。持ち上げられた瞼の下に隠れていた瞳は髪と同じ緑色だったが、まるで古いガラス玉のようなそれには一片の光も宿っていなかった。
20121021