ハートを繋いで

「ねぇ。貴方が仲間になってくれた日のことを覚えている?」

モンスターボールを掌で撫でながら、地平線を見つめ、海の向こうでの出逢いを邂逅する。穏やかなさざ波の音に、耳を傾けながら。







「『里親募集中』……?」

ふと立ち寄ったポケモンセンターの掲示板には、ポケモンの里親を募集しているポスターが貼られていた。里親を捜しているのはハスボーというポケモンらしい。シンオウでは見たことがないポケモンだ。ハスボーの写真の周りには、手書きでハスボーのちょっとしたプロフィールが書かれている。

「ねえ」
「え?」
「もしかして、そのポスターに興味があったりする?」

声をかけられ振り向くと、紅玉のような二つの瞳と視線が合った。私に声をかけてきたのは、私と同い年くらいと思われる女性だった。
自然な色をした茶髪は、肩の下あたりまでのさっぱりした長さだ。チューブトップとショートパンツという温暖なホウエン地方に適した装いはシンプルでありながら、細くもなく太くもない健康的な彼女のスタイルをいっそう際立たせている。とても大人びていて綺麗な人なのに、頭にちょこんと乗った黄色いカチューシャが可愛らしくて、逆に親しみやすさを醸し出している。
そんな彼女の足元には、ハスボーがちょこんと寄り添っていて、私を見上げていた。何故か、彼女は右手にホエルコじょうろを持っている。

「里親を募集しているハスボーって、この子なの?」
「そう。この子、この近くの池の側で弱っていたの。どうやら泳ぐのが苦手みたいで、仲間に置いて行かれたらしいのよ」
「そんな……」
「だから、こうして頭の葉っぱに水をあげて枯らさないようにしながら、里親を捜しているの。あたしがこの子を見つけたんだけれど、助けたからにはポケモンセンターに任せて行くのも気が引けるし」

そう言いながら、彼女はホエルコじょうろを傾けた。控えめに降り注ぐ水を頭の葉っぱに受けて、ハスボーは気持ちよさそうに目を細めている。よく見たら、このハスボーの葉っぱは角が丸みを帯びていて、上から見るとハート型に見える。ポスターにも『ハート型の葉っぱがチャームポイント!』手書きで書かれていた。

「あたしが育ててあげられればいいんだけど、仕事があるし、この子だけに付きっきりにはなれないし。かといって、泳げないこの子を野生に帰すのも……」
「ちなみに」
「え?」
「この子って、水タイプなのね?」
「そうよ。水・草タイプだけど」

水タイプだけではなく、草タイプを併せ持つポケモンに出逢ったのは初めてだった。それに、水タイプのポケモンなのに泳ぐのが苦手というところも、親近感が沸いて放ってはおけない。これもきっと、何かの縁だ。

「あの、もし良かったら私がこの子を引き取っても良いかしら?」
「本当!?」
「ええ。ハスボー、どう?私達と一緒に来ない?」

ハスボーは不安そうに、じっと私を見ている。信じるに値する人間か、見定められているのだろうか。私が手を差し出すと、ハスボーはしばらく、私の顔とその手を交互に見比べた。その後、にこっと笑って自分の小さな手を重ねてくれた。これからよろしく、の意味を込めて握手をする。

「良かった。これからよろしくね。ハスボー。それから、泳げるように一緒に頑張りましょう」
「ほんと、良かった!あたしもこれで仕事に……ん?」

ハスボーは、小さな手を彼女のサンダルにそっと置いて、彼女を見上げた。

「ハスボー?どうしたの?」
「ハスボーは貴方と別れるのが少し寂しいみたい」
「……そっか。あたしも寂しいよ。でも、あたしは仕事柄、色んな地方を旅しているの。貴方を連れて行くには、ちょっと危険だから。分かって?」
「色んな地方を旅しているのなら、シンオウにも?」
「そうよ!シンオウにも仕事でたまに、ね。この間も行ってきたし!」
「だったら、シンオウに来たときはこの子に顔を見せに来て欲しいの。私、今はホウエンにいるけど、住んでいるのはシンオウだから」
「それ、いいかも!ね、また会えるよ。ハスボー」

ハスボーもこの案には納得してくれたようだった。ハスボーと再会の約束の握手を交わした後、彼女はホエルコじょうろを私に差し出した。

「これ、お礼にあげる。この子もお気に入りみたいなの」
「ふふっ。ありがとう。そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はレイン。貴方は?」
「あたしはヒロコ。よろしくね!」

これが、私とハスボー。そして、ヒロコちゃんとの出逢いだった。







ナギサの蒼穹を銀が切り裂き、潮風が髪をなぶる。太陽の光に目を細めながら、エアームドの背中で思い切り手を振ってくれている人影に負けないように、私も大きく手を振った。

「レイン!」
「ヒロコちゃん!」

待ちきれずにモンスターボールがカタカタと揺れる。この子も、ヒロコちゃんに逢うことをとても楽しみにしていたから。泳げるようになって、進化までする事が出来た姿を、見て欲しいんだって。





20130611

- ナノ -