溺愛ルビー

柔らかいソファーに身を沈め、薄紅色の紅茶に口をつけた。きっととても美味しいのだろうけれど、緊張しすぎていまいち味が分からない。 このティーカップだって、もしかしたら一ヶ月分の食費くらいするのでは……と気付いた私は、ティーカップをそっとテーブルに戻した。
私とは正反対に、ダイゴさんは終始涼しい表情だ。きっと、こういう場にはしょっちゅう来ているに違いない。

「どうしたの?せっかくショッピングに来たんだから、もっとくつろいだらどうかな?」
「は、はい……」

とは言っても、緊張しない方が無理な話だ。雑誌でしか見ないような高級ブティックに連れてこられ、店員さんに案内され奥の個室に通され、これまた高級そうなお茶とお菓子を出され……と、非日常を一気に体験したのだから。
ああ、なんだか緊張しすぎて手のひらがしっとり湿ってきた気がする。これは、話していた方が、緊張を紛らわすことが出来るかもしれない。

「ダイゴさん」
「なんだい?」
「あの、ヒロコちゃんともこういうところに良く来るんですか?」
「良く、は来ないかなぁ。ボクの買い物に付き合ってもらうときはあるけれど、ヒロコちゃんはデパートとか百貨店が好きみたいなんだ」
「そうですね……それは気持ちが分かる気がします。こういうところにいつも来てたら感覚が麻痺しそうで」

ヒロコちゃんも私やデンジ君と同じ金銭感覚の持ち主ならば、この部屋に通される前にディスプレイされていた服達を見て眩暈がするに違いない。きっと、デパートで売っている服よりも桁が一つ二つ違うのだ。

「実は、ヒロコちゃんと初めてデートしたときもショッピングをしたんだ。だから、ヒロコちゃんと買い物に来るとその時のことを思い出せるから、好きなんだよね。ショッピング」
「わぁ。そうなんですね。初めてのデートのことをいつも思い出してくれるなんて、きっとヒロコちゃんも嬉しいと思います」
「そうかな?ボクとしては、ウィンドウショッピングでヒロコちゃんにいろんな服を着てもらいたいんだけど、ヒロコちゃんも自分の好み以外の服はなかなか着てくれなくてね」
「分かります、分かります。私も着慣れたデザイン以外のものを着るのは抵抗があるというか……自分に似合う似合わないもありますし。冒険してみたい気持ちはあるんですけど。でも、ヒロコちゃんは綺麗だしスタイルだって抜群だからなんだって着こなせそう」
「そう思うよね?ということで」

ダイゴさんの言葉を待っていたかのように、部屋の扉が開いた。反射的にそちらを見る。店員さん達が、服やバッグ、靴やアクセサリーを持って次々と部屋に入ってきたのだ。
なんとなく、ダイゴさんの意図が読めた。緊張は未だにしているけれど、それ以上にワクワクする。

「レインちゃん。今日は思う存分、好きな服を着てみるっていうのはどうだろう?」
「着る!着ます!」

こうして、私達のファッションショーが始まったのだ。







「わぁ。このお洋服、素敵……」

何着目か分からないくらいに着た今の服は、体のラインにピッタリと沿ったワンピース。これだけ体のラインを出しているのに、締め付けが感じられずとても着心地がいい。高めのヒールを合わせると、ただでさえスタイルのいいヒロコちゃんの足の長さがさらに際立つ。

「やっぱり、ボクの見立てに間違いはなかったね。そういう体にフィットする女性らしい服も似合うと思ったんだ」
「本当に。ヒロコちゃん、スタイルが良いから何でもお洋服が似合って羨ましいし、お洋服を選ぶのも着るのも楽しいです」
「今はレインちゃんの体なんだし、もっと色々着てみたらどうかな?こういうのはどう?超絶ミニスカート」
「自分では絶対に着られない丈……!着てみたいです!」

ビシッ!という効果音がつきそうなくらい勢い良く手を挙げると、ダイゴさんが「その調子」と笑った。
大胆なデザインの服だって抵抗なく着られるのは、自分の体じゃないから?この体の持ち主がモデルさんのようにスタイルがいいから?
それもあるけれど、それ以上にきっと、この体の持ち主を、ヒロコちゃんのことを好きな人が「似合う」「可愛い」「綺麗だ」と褒めてくれるから。

「はあ、可愛いなぁ。ヒロコちゃん。そうだ。この写真、ミクリに送って自慢してやろう」

私が着替える度にその姿を写真におさめていたダイゴさんが、口元を弛めてそう言ったとき、私も思わず口元が弛んだ。

「ふふっ」
「ん?」
「ダイゴさん、本当にヒロコちゃんのことが大好きなんですね」

そう言うと、ダイゴさんははにかむように笑った。その表情だけで、どれだけ彼がヒロコちゃんを想っているのかが伝わってくる。
幸せだろうな、ヒロコちゃん。なんだか、私まで幸せになっちゃう。
次の瞬間、ふと、ダイゴさんが真顔になった。

「あ」
「どうしたんですか?」
「写真、間違ってデンジのところに送っちゃった」
「……と、言うことは」
「……」
「……」

数分後、デンジ君からの着信をとると、今までに自分で出したことのない大きさの私の声がスマホから聞こえてきて、私達はただ体を小さくして謝り続けることになるのだった。





2019.4.28

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