守られるだけじゃ嫌だけど

ホウエンにも海はたくさんあるけれど、ナギサシティの海はホウエンのそれとはまた違う顔をしている。太陽の光を受けた水面はキラキラと輝いてあたし達に活力を与えてくれるけれど、どこか哀愁が漂っているように感じるのはシンオウという地域の気候のせいかもしれない。肌に触れる空気は少し冷たくて、なんだか人恋しくなる。
ソーラーパネルの歩道橋の手すりに身を預け、うんと伸びをした。

「んーっ!レインと体が入れ替わって、一時はどうなることかと思ったけれど、シンオウでこんなにのんびり出来たのも久しぶりだし、充実した一日だったわ」
「そりゃ良かったな」

ポケモン岩に、標の灯台。それからナギサ市場にも行った。昼はデンジ達の顔馴染みのマスターがいるカフェにも連れていってもらったし、なかなか観光らしいことが出来たと思う。仕事柄いろんな地方に行くけれど、こうもゆっくりと過ごすことはなかなか出来ないから、今回の入れ替わりは本当に良い機会になった。

「はー。それにしても、ナギサシティは平和ね。街の人はみんな挨拶してくれるし、浜辺にもゴミひとつ落ちてないし、交通マナーは良いし、はぐれポケモンもいないし。こうも平和だと、自分の職業を忘れちゃいそう」
「そりゃあ、オレがジムリーダーだからな」
「なにか関係あるの?」
「ジムリーダーと言えば街の顔だろ」
「街の顔」
「住民のと信頼関係が良いからこの街で悪さしようなんてやつはそういないんだよ」
「信頼関係」
「なんだよその顔」

年に数回、街を停電させるジムリーダーと住民との間に、本当に信頼関係が築けているのかは置いておいて、ナギサシティは本当に治安が良い街だと思う。確か、少し前にギンガ団という悪の組織がシンオウで悪事を働いていたというときも、ナギサシティだけは被害を免れたと聞く。
だからといって、完全に犯罪がないわけではないと思うけど。

「とにかく、オレがジムリーダーでいる限りこの街で悪さは」
「きゃー!!」

叫び声に反射的に反応し、行動してしまうのは、完全なる職業病だと思う。なんなら、事件を呼んでしまうのも職業病なのかしら。
辺りを見回しているデンジの脇を通り抜け、あたしは一目散に地面に倒れている女性のもとへ向かった。

「大丈夫ですか!?怪我は!?」
「わたしは大丈夫。でもバッグが……大切なポケモンが入ったモンスターボールも入っているのに……」
「っ!」

いわゆる、引ったくり。治安が良い悪いに関わらず、こういったことをする輩は少なからずどの街にもいるものだ。でも、あたしの目の前で悪事を働いたのが運のつきね。
デンジの呼び声が背後から聞こえるけど、あたしは人影が走り去った方向に向かって既に駆け出していた。
歩道橋の下に、スキンヘッドの男がいる。手には似つかわしくないレディースのバッグ。

「止まれ!そのバッグを返せ!」
「!」

男はあたしの声にビクッと身を震わせたけれど、すぐに下劣な笑みを浮かべた。

「はっ!女ひとりで追ってきて何が出来るって」

男は大きく目を見開いた。まさか、こんな女の子が歩道橋の上から飛び降りるなんて思いもしなかったんでしょうね。でも、おあいにく様。中身はポケモンGメンだったなんて、絶対に見抜けなかったでしょうね。
男が何かする間もなく、手首を捻り上げて地面にねじ伏せた。非力なレインの体でも、人体の構造上、特別な力を加えなくてもこうすることで簡単に相手をねじ伏せることができる。

「ぐっ!こいつ……」
「動くな!バッグは……無事ね」

バッグの無事を確認するのに一瞬だけ目をそらした隙に、視界の隅で男の反対の手が不審な動きをしているのを、見た。男があたしの手を振り払ったと同時に、直感的に飛び退いたけれど、その判断は正しかった。男はスタンガンを持っていたのだ。

「!」
「へへ……もっと痛い思いをしたくなかったらそこを退くんだなぁ……」
「っ」

振り払われた腕がじんじんする。自分の体なら多少の無茶は出来るけれど、これはレインの体だし、ああもう、どうしたものかしら。レインの手持ちのポケモン達、連れてきておけばよかった。

「かみなり」

腕を引かれたのと、目の前に青白い雷が落ちてきたのは、ほぼ同時だった。レントラーを出したデンジの背中からは、表情を読み取ることはできなかったけど、きっとあの気だるげな、失墜の眼差しで男を見下ろしているに違いない。

「あ、ありがと」
「まったく。体はレインのものなんだから、舐めてかかられるだろうし、力比べだって今はヒロコが負けるに決まってるだろ」
「う、うるさいわね!それより、自分がジムリーダーでいる限り、ナギサで悪さはさせないんじゃなかったの?」
「ああ。させねぇよ。オレの目の前で悪さをしたし、何よりレインを傷つけたんだ。今から地獄を見せてやる」

デンジの気迫に呼応するように、レントラーが吠えた。なんだろう。ただの後ろ姿なのに、とても頼もしく、安心出来るのは、どうしてだろう。体に染み付いたレインの記憶が、こんな気持ちにさせるのかしら。そっか。

「レインはいつもこうやって守られてたのね」

不思議。なんだかすごく、ダイゴに会いたくなったよ。





2019.4.24

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