夢見がちな人魚

コンテストが終わったステージの上には、私が招いた客が二人いる。ダイゴとその恋人であるヒロコ嬢だ。いや、今の話を聞くとこの言い方は正しくないな。

「なるほど。ヒロコ嬢とレイン嬢の中身が入れ替わっていて、私の目の前にいるのはヒロコ嬢ではなくレイン嬢、と」
「理解が早くて助かるよ。ミクリ」
「コンテスト中に、あれだけ純粋無垢な羨望の眼差しを大人の女性、ましてやヒロコ嬢から受けたことはないからね。以前、ジムリーダー研修でホウエンに来たときに私を師のように慕ってくれていたレイン嬢が中身、と聞かされれば納得出来るさ」

そう。下心も何もない、子供がヒーローに憧れるような眼差し。今だって、目の前にいるヒロコ嬢……いや、レイン嬢(ヒロコ嬢)はそんな眼差しをして私を見ている。

「あの、本当に素敵でした……!ミロカロスの美しいだけではなく力強く繊細な技はもちろん、その力を最大限に引き出すミクリさん自身のパフォーマンスも……!トレーナーとしてもコーディネーターとしても超一流なんて、ミクリさんのポケモン達はきっと誇らしいでしょうね……!」
「ふふ。ありがとう」
「新しい衣装もとっても素敵です!ミクリさんだからこそ似合うというか……!」
「レインちゃん?大丈夫?目は見えてるかい?おかしいな。ヒロコちゃんは別に目が悪かったわけではないと思うんだけど」
「失礼なやつだな」

体のラインを惜しみなく晒すデザインといい、ミロカロスのヒレをイメージしたストールといい、私のためだけにある完璧な衣装ではないか。

「それはそうと、レイン嬢もコンテストに出ることがあるんだろう?せっかくの機会だ。よかったら私のポケモン達を見ていくといい。前回は研修でゆっくりするどころではなかったからね」
「いいんですか!?ありがとうございます!では、お言葉に甘えて……!」

レイン嬢(ヒロコ嬢)はいそいそと、ステージの脇にあるプールに小走りで駆けていった。コンテストを終えたミロカロスはもちろん、他の手持ちのポケモン達のコンディションだって常に抜群だ。彼らを近くで見て、レイン嬢に何か得られるものがあれば良いと思う。

「でも本当に良かったよ。ミクリが今朝連絡をくれて、久しぶりにコンテストに出るから見に来ないかって誘ってくれて。レインちゃんも大喜びだ」
「今日は二人ともオフだと聞いていたからね。ここぞとばかりにイチャイチャする邪魔になるかなとも思ったが、結果的に良かったようだ。それにしても、レイン嬢が着ている服」
「うん?」
「ヒロコ嬢のものではないだろう?」

レイン嬢(ヒロコ嬢)が着ているのは、オフショルダーの膝丈ワンピースだ。鎖骨や肩が大胆に露出されているが、落ち着いたスカート丈なのでイヤらしくない。
清楚さと大胆さのバランスがとれた、ヒロコ嬢に良く似合うデザインだ。だが、似合うものが好みであるかどうかは別である。私の記憶を引き出す限り、ヒロコ嬢がこういったスカートを履いているところを見たことはない。

「いや、一応ヒロコちゃんのだよ」
「一応?」
「正確には、こういう服も可愛いなーヒロコちゃんに似合いそうだなーと思ってボクがプレゼントしたんだけど結果的に着てくれなくて仕舞い込まれていた服」
「ああ……ここぞとばかりに着てもらっているってことか」
「そういうこと。ここに来る前に思わずデボン最新のカメラを買ってしまったよね。このあとウィンドウショッピングに行っていろんな服を」

ダイゴの言葉は最後まで続かず、バシャーンという水の音にかき消された。プールの側で私のポケモン達と戯れていたレイン嬢(ヒロコ嬢)の姿が、ない。
必然的に導かれる答えはひとつだ。

「落ちた」
「落ちたな」
「はは。相当はしゃいじゃってるね。レインちゃん。しっかりしているようで、意外とおっちょこちょいなのかな」
「……」
「……浮かんでこないね」
「……そういえば」
「?」
「レイン嬢は泳げないと言っていたような」
「そういうことはもっと早く思い出そう!?」

レイン嬢(ヒロコ嬢)の首根っこを咥えたミロカロスが水面から顔を出すまで、そう時間はかからなかった。これは、予定よりも早くウィンドウショッピングに向かうことになりそうだ。





2019.4.15

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