おてんばシンデレラ

ポケモンリーグからの書類を持って、通い慣れたデンジの家へと向かう。切手を貼ってポストにポイすれば良いことなのに、俺の上司は「経費削減よ」と言ってこれを渡してきた。俺の人件費はどうなると言いたい。ま、あいつの家は近所だし散歩がてら届け物くらい大したことないからいいんだけどな。
玄関のチャイムを鳴らすこと数秒。ひょっこりと顔を出したのはデンジではなく、この家に入り浸っていると言ってもいい、その恋人のレインだった。まだ起きたてなのか、パジャマワンピース姿のままだった。
来客が俺だったからいいものの、いくら普段着にも見えるワンピースタイプとはいえ、パジャマ姿で玄関先に出るようなやつだったっけ?
とりあえず、挨拶だと思い片手を挙げる。

「よっ!レインおは」
「オーバじゃん!久しぶりー!相変わらずでっかいアフロしてるわね!デンジに渡すものがあって来たんでしょ?キッチンにいるわよ。遅い朝食を食べてるところだから一緒に食べていったら?」
「……は?」

目を点にした俺を置いて、レインはバタバタと走って家の中へと消えていった。







「はぁ!?レインとヒロコが入れ替わったぁ!?」

俺の向かいに座っているデンジは「ああ……」とだけ言って味噌汁をすすった。事の始まりから最後までをみっちりと聞いたが、どうも信じがたい。信じがたい、けれど。

「信じられないけどさっきみたいな話し方をされたらな……演技って訳でもなさそうだったし。というか、レインは演技とか嘘は下手くそだし」
「ああ。それにこれ。朝食を作ってくれたのはいいんだが」

食ってみろ、と視線で促されたので器を手にとり口に運ぶ。うん。せっかく俺の分まで用意してくれたのに、言うべきことではないと思うが。

「……しょっぱいな」
「ああ。具の大きさはバラバラだし味付けはこんなだし、紛れもなくヒロコだろ」
「……だな」
「ちょっと!二人とも、文句言うなら食べなくていいからね!」

高い声をあげながらキッチンへと入ってきたヒロコ(レイン)を見て、俺は再び目を点にした。デンジに至ってはむせ込んで呼吸困難に陥ってしまった。
ヒロコ(レイン)は、パジャマ姿から着替えていた。ヘソが見えるくらい短いTシャツに、太ももが露になるほど短いショーパン。髪は高い位置でポニーテールにしている。
口元を拭いながらデンジは立ち上がった。

「なんだその格好は!?」
「え?Tシャツに、ショートパンツに、羽織を腰に巻いただけだけど?」
「レインの体でなんて格好をしてるんだ!?」
「だって、レインの服で動きやすそうな服ってこれくらいしかなかったんだもの。あとはワンピースばかり。女の子って感じで可愛かったけど、運動はできないからね」
「むしろそんな服もよく持ってたな」
「あれはレインのじゃない。いつだったかスズナを初めとする女ジムリーダーが泊まりに来てそのまま置いていった……というか、運動って何をするつもりだよ」
「もちろん、ポケモンGメンとして日々の鍛練を軽くこなしてくるに決まってるじゃない。レインの体とはいえ、毎日続けてこそ意味があるってものよ。じゃ!あ、オーバってミミロップ持ってたわよね?ちょっと貸してよ」
「良いけどなにするつもりだよ……」

こうなっては逆らわない方が身のためなので大人しくミミロップが入ったボールを渡した。こちらの気も知らないでヒロコ(レイン)は「いってきまーす」と軽快な足取りでキッチンを出ていった。
バタンと玄関のドアが閉まる音が聞こえ我に帰ったデンジは、残りの味噌汁と白飯を急いで掻き込んだ。

「オーバ、あとは任せた」
「追いかけてくるか?」
「ああ。あんな格好であんな口調で、ナギサのみんなに会われたらたまったもんじゃない。見張っとかないとな」
「いってらー」

デンジが行くのなら、俺はのんびりで大丈夫だろう。というより、この食器と、料理で散らかったシンクを片付けて行かないと、あとでデンジから理不尽にキレられそうだ。
一通り片付けを終えても二人は帰ってこなかったので、二人の後を追って家を出た。鍵は閉めてこなかったけど、デンジのポケモン達が何匹かいたし、大丈夫だろ。うん。

「うわぁ」

家からそう遠くないナギサの浜辺に二人はいた。
この状況をどう説明すればいいのだろうか。とりあえず「うわぁ」以外の言葉が出てこなかったと言えば分かってもらえるだろうか。デンジがしている表情と同じ表情を、きっと俺もしているのだろう。
現状をなんとか説明すると、俺のミミロップとヒロコ(レイン)が戦っている。それ以上でもそれ以下でもない。

「俺のミミロップ……」
「レインがこんなに動き回ってるのを見たことがないから違和感があって仕方ないな」
「ああ。でも、少し動きが鈍いか?」
「体はレインのものだからだろ。中身であるヒロコの動きにレインの体がついていってない……なんだあのポーズは」

両手を脇に構え、前へと突き出す。ヒロコ(レイン)は某有名な少年漫画の主人公が必殺技を繰り出すときのような、奇妙なポーズを繰り返している。意図が読めずにミミロップは困惑している。うん。ミミロップには悪いが、ヒロコ(レイン)が満足するまで付き合ってもらおう。俺達には手に負えない。
三十分ほど経っただろうか。ヒロコ(レイン)は満足したようで、額の汗を拭いながらもその表情はスッキリとしていた。

「ふぅ、いい汗かいた。ミミロップ、ありがと。あ!オーバもミミロップを貸してくれてありがとう!さすがね!よく鍛えられてるわ!」
「どういたしまして……大変だったな、おまえも」
「ミミィ」
「途中の変なポーズはなんだったんだよ」
「レインの体なんだし、波導弾を撃てるかなと思ってやってみたの。でもダメね。ポケモンの言葉も分からないし、波導が使えないみたい」
「波導弾を撃てるポケモンGメンがいてたまるかよ」

デンジの冷静な突っ込みは最もだった。波導が使えないのは不幸中の幸いとも言うべきか。いや、実際ポケモンGメンが波導を使えれば諸々便利なのだろうとは思うが、ヒロコが使うとなるともはや人間兵器と化す未来しか想像が出来ない。

「気がすんだか?とりあえず、いったん戻って着替えて」
「あー!ルンパッパ!」

俺とデンジの間を風の如く駆け抜けて、一目散に向かったのは海辺。レインの水ポケモン達がなんだなんだと集まってきたところだった。
レインから聞いたことがある。レインのルンパッパは元々ハスボーだったのだが、レインがホウエン地方へと研修に行ったとき、ポケモンGメンから引き取って仲間にしたのだと。なるほど、そのポケモンGメンがヒロコだったということか。

「ルンパッパ!久しぶり!あたしよ、ヒロコ!覚えてるかしら?進化して大きくなったわね!そういえば、泳げるようになったんでしょう?レインから聞いたわ。よかったら見せてよ!」
「???」

ヒロコ(レイン)にとっては感動の再会だろうが、事を把握していないルンパッパは困惑して頭にクエスチョンマークを浮かべている。他のレインのポケモンも同じような表情だったが、唯一状況を察したランターンはため息をつくと、とりあえず落ち着いて、と言わんばかりにヒロコ(レイン)の顔に水を吹き掛けたのだった。





2019.4.9

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