ハートスワップ

ハートスワップ。聞き馴染みのない単語だ。デンジも首を傾げている。聞き馴染みはないけれど、もし直訳した通りの意味なら、効果は簡単に予想がつく。
心を交換する。入れ替える。まさに、今の状況そのものだ。

『ハートスワップ?それはポケモンの技なのか?パワースワップやガードスワップなら聞いたことはあるが……』
「えっと……長くなるけど、聞いてね?」

デンジの問いかけに、レインちゃん(ヒロコちゃん)は両手の指先を合わせながら、もじもじと俯き気味に、説明する言葉を探しているようだった。ヒロコちゃんはこういう仕草をしないから、やっぱり新鮮だなぁ。

「私、少し前にジムリーダーの研修でホウエン地方に行っていたときがあったでしょう?」
『ああ。ホウエンには有名な水タイプ使いが二人もいるからな』
「ミクリとアダンさん、だね」
「ええ。お二人の元で水ポケモンについて勉強していた時期のことよ。あのときに、ヒロコちゃんにも出会ったの」
『そうそう!レインにハスボーを引き取ってもらえて助かっちゃって。そこから連絡をとるようになって、あたしがシンオウに行くときは会ったりバトルしたりするようになったのよね』

ねー!と微笑み合う二人。うんうん、可愛い子達が仲良しだと目に優しいというか、癒されるなぁ。
レインちゃん(ヒロコちゃん)は両手を胸の前で組み、キラキラと目を輝かせている。ヒロコちゃんはあまり見せない仕草達を、写真におさめたいと思った衝動を堪えたボクを褒めて欲しい。というか、あとから写真に撮らせてもらおう。そうしよう。

「ヒロコちゃんと出会えてお友達になれたこと、とても嬉しかったの。だから、ヒロコちゃんって素敵な人なの。ああいう人になってみたいな……って話した相手がいて……」

手を組んだまま、今度は怒られたガーディのようにシュンとするレインちゃん(ヒロコちゃん)。ヒロコちゃんとレインちゃんは見た目も性格も真逆だけど、表情がくるくる変わる素直なところとか、本質は結構似ているのかもしれないと思った。

「それが、マナフィなの」
『マナフィ!?って、あのマナフィ!?』
『そういえば、そんなポケモンに会ったって話してたよな。そんなに驚くようなポケモンだったのか?』
「マナフィと言えば、全ての水ポケモンを従えるとも言われている幻のポケモンだよね。ホウエンに住んでいるという噂は聞いたことがあったけれど」
「シンオウへと帰る日の前日に、マナフィは私の前に姿を見せてくれたの。だから、さっき話したようにヒロコちゃんと出会えたことや、ホウエンでの出来事、いろんなことを話したわ」

レインちゃん(ヒロコちゃん)が水タイプのポケモンの勉強をしていると知り興味を持ったのだろうか。それとも、ポケモンと心を通わすことが出来る波導使いという存在に会ってみたかったのだろうか。幻のポケモンが姿を見せたということは、どういう理由があるにせよ、彼女に惹かれるものがあったんだろうな。

「後日ポケモン図鑑でマナフィのページを見たときに、覚えている技に『ハートスワップ』という技があるのを見つけたの」
『さっき呟いていた技の名前ね』
「ええ。バトルにおいての効果は、確か相手と自分の能力変化を入れ替える技で、それ以外に……生き物の心を入れ替えてしまうことも出来るらしいの」

モニターの向こうにいるヒロコちゃん(レインちゃん)とデンジも納得したようだった。結論が出たね。

「つまり、今回の入れ替わりは、レインちゃんがヒロコちゃんに憧れていると知ったマナフィが、ハートスワップを使ったことによって起こったことかもしれない、ということだね」
「ごめんなさい!まさかこんなことになるなんて……」
『やだ、レイン!そんなに謝らないでよ!あたしはレインにそういう風に思ってもらえてたって知れて嬉しいし、この状況も原因さえ分かってしまえば楽しめるってものよ!』
『そうそう。エイプリルフールだし少し驚かしてやろうってだけだろ。どこからこの状況を楽しんで見てるか知らないが、すぐ戻してくれるさ』
「そうだね。とりあえず、今日一日様子を見てみよう。もし明日になっても状況が変わらなければ、マナフィを探しに行ってみよう」
「……ありがとうございます」

そこから、今日の予定や入れ替わり中の対応などの打ち合わせをしてから、ボク達は通信を切った。
入れ替わったのがポケモンGメンとしての任務中などではなかったことが救いだと思う。今日はヒロコちゃんもボクもオフで、特に予定は入れていなかった。せっかくだし、レインちゃんのやりたいことをさせてあげよう。
着替えたり髪を整えたり少し汚れが気になった石を磨いていると、いい香りが家の中に漂ってきた。必然的にキッチンへと向かう。そこには、着替えて髪を結い上げてエプロンをしたレインちゃん(ヒロコちゃん)の姿があった。

「断りなくごめんなさい。キッチン、借りました」
「これは……」
「ダイゴさんのお口に合うかわからないし、キッチンの勝手も違うから簡単なものしか出来なかったんですけど、朝食を作りました」

こんがりと焼いたトースト。具だくさんのスープ。新鮮な野菜のサラダ。半熟加減が絶妙なスクランブルエッグとベーコン。この短時間で作ったことを考えたら十分すぎる朝食だ。

「いただきます」
「……どうでしょう?」
「……うん!美味しいよ」
「よかった」
「これはデンジ、胃袋をしっかり掴まれてるわけだね」
「胃袋?」
「ふふ。あっちも今ごろ食事中かな」

さあ、これから一日、波瀾万丈な入れ替わり生活の始まりだ。





2019.4.6

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