6months〜不安定なこころ

今日の健診は就業後に行ったので、外で食事を済ませて帰るとすっかり遅い時間になってしまった。それでも、疲労感はない。今日は、楽しみの一つとも言える性別が分かったからだ。

「はー……女の子、か」
「先月は女の子かも?って感じだったけど、先生、今日ははっきり見えたって仰ってたわね」
「なんだか、いまいちピンとこないな。オレが女の子の親か……いや、チマリみたいな感じと思えばいいのか」

レインみたいに素直で大人しく穏やかな子もいいが、チマリみたいにちょっと反抗的で元気の塊のような明るい子でも良い。寧ろ、自分達の子ならきっとどんな子でも可愛いに違いない。早くも親バカを発揮しかけている自分に気付き、呆れたように笑った。

「なあ、レイン」
「……」
「……レイン」
「……え?あ、ごめんなさい。ぼーっとして。なに?」

対するレインは、心ここにあらず、といった様子。これは、あれだ。放っておいたらキャベツを十玉くらい千切りし尽くすやつだ。

「久しぶりに一緒に風呂でも入るか」
「え!?で、でも」
「イヤか?」
「イヤ、ではないけど……」

それならば、と流れるように一緒に脱衣所に向かおうとしたが、先に入るから待ってて、と慌てて言われたのでその通りにすることにした。腹が膨らみ始めてからというもの、あまりオレの前で体を見せたがらなくなった気がする。

「入るぞ」
「うん……」

ドアを開けた瞬間に、甘い香りが漂ってきた。レインは浴槽に肩まですっぽりと浸かっている。湯の色は仄かなピンク色。
かけ湯をしてから同じように肩まで浸かる。湯の温度はぬるめ。オレもレインも熱いのは苦手だし、特に今レインは体質的にのぼせやすいから。

「入浴剤なんて使っていいのか?匂いとか平気か?」
「うん。大丈夫よ。ありがとう」
「ならいいけど。で、どうしたんだ?」
「……」

回りくどいこととか、遠回しとかは苦手だから、ここは直球に。レインは浴槽の中でジッと身じろぎもしないように、膝を抱えている。そんな体勢では辛いだろうからもう少し足を伸ばしたらどうだ、と言おうとしたところ先にレインが口を開いた。

「赤ちゃんは順調に大きくなってて、性別だって分かって、何も不安に思うことなんてないはずなのに……急に、何もかも不安になるときがあるの」
「うん」
「私にちゃんと赤ちゃんが育てられるのか。ちゃんと産んであげられるのか。こんなに変わってしまった体が元に戻るのか……」

変わってしまった体。それは単に腹が大きくなってきただけではない。
体中に痛みがあり、立っているだけでも辛い時がある。大きくなり続ける腹周辺の皮膚は引っ張られて痒みが出ているらしく、無意識に掻いて肌がボロボロだと言っていた。他にも肌が黒ずんできたり、貧血によるめまいや頭痛もまだあるという。
オレが聞いた限りだとこのくらいだが、実際はもっとあるのかもしれない。変わってしまった体や肉体的な負担は、精神面にも影響するだろう。こうして、辛いときは泣いてくれたら良いのだが、レインのことだ。我慢して一人で泣くときだってあったに違いない。

「私、身勝手ね。子供が欲しいってずっと望んていたのに、こんなに不安になったり、変化する体が嫌になったりするなんて」
「……レイン」
「ごめんね……泣いちゃって……気にしないでね。理由もなく泣いてしまったり、不安になったり……妊娠中、情緒不安定になることはよくあるみたいなの」

それも聞いたことがあった。弱音を漏らしたり、疲れた顔をしたりしているとき、妊娠中は不安定になるのだと、理由としてオレにそう話していた。そんな理由を作ることで、オレに心配かけないようにしていたのだ。
オレだって、突然自分の腹が膨れて、その中で自分以外の生き物がうねうね動いて、自分の栄養を持っていかれて、体力を奪われて、体の外も中も変えられて……と、そうなったと考えたら、不安になったり恐ろしくなったりするかもしれない。でも、オレは男だから、あくまでも想像するしか出来ない。

「オレは男だから、体が変わる辛さとかは分かってやれないかもしれないけど、レインの今の体だって綺麗だと思う」

オレの隣で、愛おしそうに自分の腹を撫でるレインの横顔。それがどんなに美しいか、知らないだろう?その姿を綺麗だと思うのと同時に、少しヤキモチだって焼くことがある。その腹の中に宿っている命は、レインをこんなに美しくさせることが出来るのだから。

「これからのことも、オレだって分からないことだらけだ。だからさ、手探りかもしれないけど二人で頑張ろう。腹の中で子供を育てたり、実際に産んだり、どうしても女のレインにしか出来ないことが多いけど、他はオレも頑張るから」
「デンジ君……」
「あー、なんか気の利いたこと言えなくてごめんな」
「ううん……話を聞いて受け入れてくれるだけですごく楽になるから……ありがとう」
「こちらこそ、オレ達の子供を育ててくれてありがとう」

体調が良い時にでも気晴らしに旅行にでも行くか?というと、レインは目を細くして思い切り頷いた。





2018.5.2

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