10months〜パパとママの顔

その横顔に声をかけることを、一瞬だけ躊躇った。

「……レイン?」

俺に気付いたレインは「オーバ君!」と嬉しそうに笑った。
俺が声をかけることを躊躇っていたのには理由があった。先月会ったときには確かにあった、彼女の特徴的なアイスブルーの髪が、肩辺りまでの長さにバッサリと切り揃えられていたからだ。
そしてもう一つ。彼女は女性の中でも細い部類に入るが、最近は体全体が多少ふっくらして、顔の輪郭も丸っこくなっている。特に、先月まであまり目立っていなかった腹が、スイカでも入っているのかと思うほどまんまるとなっていたからだ。

「えっ!?マジでレインだよな!?一瞬分からなかったぜ!髪、どうしたんだよ!?」
「うん。自宅安静が解除されてから切っちゃった。これからは長いとお手入れとか大変そうだし。デンジ君にはまた落ち着いたら伸ばしてくれって言われたんだけど」
「なるほどー!それに、大きくなったよなぁ」

俺が視線を落とすと、レインは愛おしそうにまんまるな腹を撫でた。

「臨月に入ってから一気に大きくなったの。小さめの子だったから少し心配してたのだけど、今はむしろ少し大きい方みたい」

「これからお散歩がてらジムまで差し入れしに行くんだけど、オーバ君も来る?」と言われたので二つ返事で頷き、レインが持っている紙袋を預かり、隣を歩く。レインに合わせて、ゆっくりゆっくり。

「持ってくれてありがとう」
「このくらいいいって!てか、歩くだけでも大変そうだしな!ポッチャマみたいな歩き方だ」
「そうなの。大変なことも増えたけど、もうすぐ会えるんだって思ったら頑張れるの」
「そっか!いよいよレインも母親になるんだなー!なんか、レインが母親してるところはかんたんに想像つくんだけどよ、デンジのほうが全然想像つかねぇ」
「そう?」

レインには悪いが大きく頷いた。だって、あのデンジだ。ジムトレーナーに子供がいるからか、その扱いは下手ではないが、あいつがミルクをあげたりオムツを変えたりしているところを全くもって想像できない。
ジムの裏口のドアのボタンを押しながら、レインはクスクスと笑う。

「でもね、デンジ君、赤ちゃんが女の子って分かってから名前を一生懸命考えてくれてるし、お部屋のレイアウトを変えたり、簡単なお料理を教えてくれって言ってくれたり、育休を取る準備もしてくれてるみたいで、この子が産まれるのをすごく楽しみにしてくれているの」

ドアが開くと、バトルフィールドの脇に立っていたジムトレーナーと、そしてデンジとパッチリと目が合った。その腕にはジムトレーナーのパチリスが抱かれている。普通の抱き方ではなく、首を支えながら両腕でパチリス全体を包み込むような抱き方だ。ああ確か、バクが赤ん坊の頃は俺もあんなふうに抱いていたっけ。
「ね?」と俺を見てレインが笑う。パチリスで赤ん坊の抱き方を見せていたデンジは、少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。案外、こいつは父親に向いているのかもしれない。





2018.8.2(修正)

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