10months〜大切なたからもの

「ねー、デンジー。赤ちゃんまだ産まれないの?」

ミーティングの最後に何か質問は?と言うと、ピカチュウを撫で回しながらチマリがそう言った。

「ジムの仕事に関係する質問をしようなー?」
「関係ある!だって、赤ちゃんが産まれたらデンジ、しばらくジムをお休みするんでしょ?ねぇねぇ、赤ちゃんのこと教えてよー」
「あたしも聞きたーい」

ナズナまで便乗してきやがった。まあ、挑戦者が来る気配もないしたまには親睦を深めるという名目で談笑するのもいいだろう。と言ったら、おまえのジムは常にそうじゃないかとオーバに笑われそうだけどな。
先日、レインは正産期と呼ばれる時期に入った。赤ちゃんの発育も十分でいつ産まれても心配要らないという時期だ。自宅安静も解除され、今はむしろ動き回った方がいいらしい。朝夕の涼しい時間に散歩したり、部屋のぞうきんがけをしたりして、赤ちゃんを早く産めるように頑張っているようだ。

「もういつ産まれてもいいとは言われているが、予定日まで二週間あるし、まだ産まれないと思うぞ」
「初産は予定日を超過することが多いって言いますもんねー」
「えー。早く赤ちゃんに会いたいなぁ。チマリ、赤ちゃん抱っこしたい」

そう言って、チマリはピカチュウを高い高いするように抱き上げた。とっさのことでピカチュウの首がぐにゃんと揺れる。産まれたばかりの子をそんな風に抱かれたらたまったものではない。

「チマリ。赤ちゃんをそんな風に抱いたら、赤ちゃん怪我するからな」
「え!なんで!?」
「チマリちゃん。産まれたばかりの赤ちゃんは首がふにゃふにゃなの。優しく支えて抱っこしてあげないとね」
「どんな風にー?」
「そうだな……」

ふと、ポケモン同士わちゃわちゃと遊んでいるパチリスに目が止まった。身長五十cm前後、体重三kg前後、確かあのくらいじゃないだろうか。パチリス、と呼ぶと、パチリスは素直にオレのところに来た。

「産まれたばかりの赤ちゃんってちょうどパチリスくらいの大きさなんだよ」
「へー!そうなんだ!」
「こういう風に首を支えながら、腕で包み込むようにだな……」
「さすが。リーダー、予習済みなんですね」
「レインと一緒にパパママ学級とかいうやつに参加したとき、赤ちゃんの世話のしかたとか色々教わったからな。ショーマも将来のため覚えておいた方がいいぞ。な?ナズナ」

分かりやすく赤面して咳き込むエリートトレーナーの二人。隠しているつもりかもしれないが二人がそういう仲であることは、ナギサジム周知の事実である。
ふと、デジタル時計に目をやる。今日は菓子を焼くつもりだから、散歩がてらジムに持ってくるね、とレインが言っていた。もうそろそろではないだろうか。

「こんにちは」

噂をすればなんとやら、だ。「レインちゃん髪切ってるー!」と言って、チマリが駆け寄っていくレインの隣には、なぜかオーバが立っている。来る途中に一緒になったのだろうかと思って見ていると、オーバがニヤニヤした顔つきで見返してきた。
なんだよアフロ、と悪態をつこうとしたところで、パチリスを赤ちゃん抱っこしたままだったことに気付き頬を掻く。昔からの腐れ縁に父親としての自分を見せるのは、少し気恥ずかしい。
この数日後、予定日を待たずにいよいよその日を迎えることになることを、今のオレ達はまだ知らない。





2018.8.2

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