一面に青が広がっている。どこまでも、どこまでも見通せそうな、透明な青。ずうっと上の方では、光のカーテンがゆらゆらと揺れている。きれいだなぁ。
青い世界で、あたしは体をまあるくして、ゆりかごにいるように心地よく揺られている。そうしながら、一日で唯一訪れる、その時を待っている。
もうすぐ、時間だ。
ほら、聞こえてきたよ。
波の音にのせた、歌。少しだけ不格好でぎこちないけれど、あたしのためだけの優しい歌声はとても柔らかく、木綿のようにあたしを包み込んでくれる。ずっと聴いていたくなる。
『レイン』
男の人の声が聞こえると、女の人の歌が止んだ。この歌の持ち主はレインといって、
『デンジ君』
この男の人はデンジ君というらしい。この九ヶ月間、あたしは何度も何度も二人の声を聞いているのだから、間違いない。
『また、波の音を聴かせていたのか』
『ええ』
ゆらり、青が揺れた。まるで、全身を優しく撫でられたみたいで嬉しくなる。
『デンジ君は波の音を子守歌に育ったんでしょう?だから、この子にも聞いて欲しいなって思ったの。私やデンジ君が大好きな、ナギサの海の音を』
うん。あたし、この音、大好きだよ。波の音と、レインの歌を聴いていると、何だか心が温かくなってくるんだ。
レインとデンジ君が、二人でお話をしているのを聞くことも大好き。今日はこんなことがあったとか、あんなことがあったとか、そういうお話を聞いていると、二人がどんな人なのか知ることが出来るんだ。
でも、一番好きなのは、あたしのことを話してくれているときの、二人かな。だって、二人からとても温かい気持ちが伝わってくるから。
『それにしても、あれだけぺたんこだったレインの腹がここまで大きくなるとはなー』
『この子が元気に育っている証よ』
『あと、胸も』
『で、デンジ君……!』
『ははっ。予定日まであと一週間くらいだよな。あー……いよいよだな』
『どうかしたの?』
『なんか、緊張してきた』
『ふふっ。変なの』
『だって、オレが父親になるんだろ?実感がまだ湧かない』
『じゃあ、手を貸して……これでも湧かない?』
ゆらり。また、青が揺れた。嬉しくなって、あたしは両足を思いきり動かしてみた。
『『蹴った!』』
レインとデンジ君の笑い声が聞こえる。あたしも一緒に笑っているよ。二人は気付いてくれているかな。
『ねぇ。早く会いたいね』
あたしも、早く二人に会いたいよ。待っていてね。あたし、すごく頑張るからね。
きっと、もうすぐ会えるよ。
20130829