8months〜さんにんの旅

エンジュシティ。歴史が流れる街とも言われている通り、ここは歴史を感じさせる建物が多く残る街だ。伝説のポケモンがいたとされる二つの塔や、舞妓がいる歌舞練場、見事な紅葉が一年中見られる鈴音の小道などが有名で、これらに合わせてポケモンセンターやフレンドリーショップなどの建物もカラーリングされている。街全体が人気の観光地であり、特にイッシュやカロスなどからの観光客も多いという。

「ジョウトに来るのも久しぶりだな」
「ええ。以前来たのはポケスロンの全国大会のときだったかしら」
「ああ。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウのジムリーダーが集まって地方毎に戦ったやつ」
「私も応援で同行させていただいたけれど、あのときはゆっくり観光できなかったものね」
「そうだったな」
「エンジュには一度来てみたいと思っていたの。だから、こういう形で訪れることが出来てすごく嬉しい」

下駄が落ち葉を踏みしめる音。エンジュの街に馴染む落ち着いた色の浴衣。結い上げられて留められた長い髪。非日常的な鈴音の小道という空間の中で、非日常的な姿をしているレインに、見惚れるなというほうが無理な話だった。
パチッ、と目が合ったレインが少しだけ居心地悪そうに視線を逸らす。ちょっと見つめすぎたようだ。

「な、なに?」
「いや。綺麗だなと思って」
「ええ。本当に。エンジュは一年中紅葉が見られるのね」
「ああ、そっちじゃなくて」
「え?」
「レインが」

ああ、ほら、紅葉に負けないくらい真っ赤になってる。

「あ、ありがとう……!デンジ君も、浴衣姿とっても素敵」
「二人共せっかく旅館に借りた浴衣を着たんだし、あとから写真撮ろうな」
「うん!」

今はマタニティフォトとかいうのも流行っているようだが、レインはそういうのは恥ずかしいからいいと言っていた。でも、レインのこの姿も今だけのものだし、形に残しておくのもいいと思う。浴衣なら、レインもそう抵抗がないだろうから。

「そういえば、エンジュシティにもポケモンジムがあるのよね」
「ああ。マツバというゴースト使いがジムリーダーをしてる」
「せっかく来たのだし、ご挨拶に行く?」
「そうだなぁ。でも、ジムはここから離れて……」
「デンジ君?」

金髪のくせっ毛に紫の垂れ目。それからトレードマークのマフラーを脳裏に浮かべていると、同じ姿がそのまま目の前に現れたものだから、思わず言葉を失った。
鈴音の小道の果て。鈴の塔の前に、マツバの姿があった。マツバは驚いた様子も見せず、片手をあげて朗らかに笑う。

「やあ。シンオウ地方、ナギサシティのジムリーダー。ポケスロン以来だね、デンジ君」
「ああ。久しぶりだな、マツバ」
「あの、こんにちは」
「君はポケスロンの時にシンオウ地方を応援していた」
「レインです。あの」
「オレの奥さん」

知ってはいるだろうが、念のためにと付け加えた。マツバは、ああ、軽く目を見開いて、一目で命が宿っていると分かるほど大きくなった腹を見た。

「なるほど。噂では聞いていたけど幸せな家庭を築いているみたいだね。おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「ちょうど挨拶にでも行こうと思ってたとこなんだよ。奇遇……というわけじゃないな?視えたのか?」
「視えた……って?」

ああ、そういえばレインは知らないか。ある意味で、レインの波導にも似た力を、マツバは持っているのだ。

「僕には千里眼という力があって、遠くや未来を視ることが出来るんだ。といっても、視るものは選べないのだけど」
「それで、私達がここに来ることを?」
「いいや。それは偶然だよ。僕はここが好きなんだ」
「でも、偶然も必然のうち、だろ?」

モンスターボールを取り出す。その中で、エレキブルが闘志を燃やしているのが伝わってくる。強者に会えば戦いたいと思うのは、トレーナーとそのポケモンの性かもしれない。

「君の旦那さんはクールに見えて、相変わらず血の気が多いなぁ」
「デンジ君、強いトレーナーが大好きだから」
「まあ、僕もデンジ君を見たときからそのつもりだったけどね」
「レイン。いいか?」
「ええ。この子にも見せてあげて。デンジ君のポケモンバトル」
「ははっ!それは負けられないな!」

負けるつもりは毛頭ないが、それはマツバも同じだろう。エレキブルとゲンガー。二体が同時に放った技が、バトルの開始を告げた。





2018.5.28

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