7months〜おむかえの準備

ガラガラガラ。スーパーによく置いてあるものより一回りほど大きいショッピングカートを押しながら、未知の世界を進む。哺乳瓶やオムツ、ベビーカーやチャイルドシート、そしてレインが今手にしている小さな肌着。全て、どこかで目にしたことはあっても、意識して注視したことがなかったものばかりだ。

「なんだか、不思議だな。そんなに小さな服を着られる人間がいるなんて」
「そうね。今見ている服のサイズは60だけど、実際に産まれてくる赤ちゃんはもっと小さいと思うわ。でも、きっとすぐに大きくなるわね」
「産まれたての人間も、一年もすれば歩くようになるくらい成長するもんな」
「ええ。だから、いくつかサイズを揃えておきたいし、汚すことも多いと思うから、肌着やお洋服、ガーゼやスタイやおくるみなんかは多めに揃えておきたいのだけど……」
「任せろ。好きなだけ使えって言われてる」

これがマンガか何かならビシッという効果音が付いていたに違いない。二つ指で挟んで取り出したクレジットカードは、オレの父さんから借りたものだ。可愛い初孫のためだ惜しむことなく必要なものは質の良いものを揃えろ、と早くも爺バカを発揮した父さんが、ポケモンにクレジットカードを持たせてジムに転送してきたときは我が親ながらめちゃくちゃだと思った。ポケモン転送システムを郵便代わりに使わないでもらいたい。

「でも、本当に必要なものを全て揃えてたらものすごい金額になるし、いいのかしら……」
「良いって言ってるんだから良いんじゃないか?それに、仕事が忙しくて産まれたあとこっちに帰って生活のサポートが出来ないからせめてこれくらいさせてくれって、母さんも言ってたしな」
「そうね。デンジ君のお母さんがいてくれたら心強いけれど、でも、私達で頑張りましょう」
「ああ。ということで」

レインが手に持って買うべきか悩んでいた服やらなにやらを、ドサッとカートに入れる。

「どんどん入れてっていいぞ。服や小物類や消耗品はよく分からないから任せた。特に服とかは、赤ちゃんは女の子なんだから、レインが選ぶ楽しさもあるだろ?」
「ふふっ。そうね。分かったわ。でも、チャイルドシートとかベビーカーとか、そういうのは……」
「ああ。そこはオレも調べといた。特にチャイルドシートは車につけれるかどうかとか、いろいろ確認することもあるしな」
「ありがとう」
「何なら車もファミリーカーを買い足したほうが良いかもな。今の車は改造してるから車高は低いし音は少しうるさいし……」
「そ、それは今すぐにじゃなくても!じっくり考えましょう!」

さすがのレインも慌てて止めに入った。二人で顔を合わせて、クスクス笑う。ああ、なんだか楽しいな。
今までレインとショッピングデートをすることはあったが、今回の買い物は今までとは少し違う楽しさがあった。一緒に洋服を選んで、抱っこ紐を試着して、ベビーカーを押してみて、産まれたての子と同じ大きさの人形を沐浴する真似をして……なんというか、この空間にいるだけでふわふわした気分だった。
それはきっと他の夫婦も同じだ。みんな、産まれてくる我が子を想像しながら、命を迎える準備をしている。みんな、ふわふわ……そう、幸せそうで穏やかな表情だった。

「デンジ君」
「ん?」
「あの、ベビーベッドなのだけど」
「ああ。このサイズでいいんだろ?」
「ええ。あと、産まれてすぐは必要ないかもしれないけど、あれ、欲しいなって……」

あれ、と言ってレインが見ていたのは、海のポケモン達が吊り下げられているベッドメリーだった。穏やかな優しい音楽と共に、海を泳ぐようにポケモン達がゆらゆら揺れている。
きっと、レインは想像したのだろう。小さなベッドに横になって、海のポケモン達を目で追う子供の姿を。優しい音楽を聞きながら眠りに着く子供の姿を。母として、子が喜ぶことを叶えてあげようと考えるその想いが、ああ、なんて、愛おしい。
高い棚に手を伸ばしてベッドメリーをとって、カートの中に入れてやると、レインはとても嬉しそうに笑った。いつか産声をあげる命は、すでにこんなにもオレ達に幸せを与えてくれているのだ。





2018.5.15

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