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 パーティーが開催されることが決まってすぐに、カーヴェはトレジャーストリートに店を構える行きつけの仕立て屋で、当日の衣装をオーダーメイドしていた。白を基調としたスーツには煌びやかな金の装飾が施され、黒いシャツが全体の印象を引き締める。差し色として赤いネクタイ、青いベルト、エメラルドが嵌め込まれたのアクセサリーを選んで身につけると、スメールが誇る天才建築デザイナーのカーヴェが完成する。
 しかし、カーヴェはこの時点で、リヴィアがパートナーとしてパーティーに出席してくれる可能性は低いと、ほぼ諦めの気持ちを抱いていた。当然、衣装もアクセサリーも、何も用意していない。
 本当なら全て自分が監修した衣装を着てもらいたかったが、あいにく今からだと時間が足りない。そこで仕方なく、仕立て屋に駆け込んで既製品の衣装を片っ端から用意してもらっているのだが。

「派手だな。リヴィの良さが埋もれてしまう。次」

 リヴィアに衣装を着させては……。

「少し幼く見えるな。次」

 あらゆる角度からスタイルを確認し……。

「踊り子の衣装を用意してくれと言った覚えはないぞ。次」

 次から次へと、衣装を着替えさせていった。

「パンツスタイルも似合うけど……」
「ダメなの?」
「……僕はスカートのほうが好きかな」

 獣人用に尻尾を出す穴が空いている衣装は元々少ないが、それでも作業は難航していた。
 リヴィア自身に似合っているかどうか、という最重要事項はもちろんのこと。パーティーという場に相応しいかどうか。果てにはカーヴェの好みであるというところまでジャッジしていたら、時間は流れるように過ぎていった。
 開店一番に仕立て屋に駆け込んだというのに、気がつけば日が傾く時間帯になろうとしていた。はじめは大人しく着せ替え人形になっていたリヴィアにも、疲労が見えはじめる。

「一体いつになったら芸術家サマは満足してくれるの?」
「うっ、ごめん。どれもリヴィに似合わないと言っているわけじゃないんだ。ただ、せっかくリヴィが一緒にパーティーに出席してくれることになったんだから、一番似合うドレスを用意してあげたいんだよ」
「……ふふっ。ごめん、わかってる。妥協するのはカーヴェらしくない。カーヴェが納得するまで付き合う」
「ありがとう! ちなみに、今まで着たドレスの中でリヴィの好みのものはあったかい? はっきり言ってくれて大丈夫だし、値段は気にしなくてもいい。一緒にパーティーに出てくれるリヴィに対するお礼……贈り物のようなものだから」
「ない」
「……本当にバッサリだな」
「しいて言うなら今着てるパンツドレスかな。だって動きやすいから」
「リヴィの判断基準は動きやすいかどうか、そこだけか……」
「うん。動きやすければそれだけでいいけれど、でも、ドレスって基本的に窮屈なものなんでしょう? それなら、カーヴェが好きに選んでくれていい。パーティーの間くらいは我慢できるから、カーヴェが喜んでくれるドレスのほうがあたしは嬉しい」
「じゃあ……これはどうだ?」
「いいよ。着てくるね」

 カーヴェが何着目になるのかもわからない衣装を渡すと、リヴィアは素直に受け取りパーテーションの向こう側へと消えていった。
 ――そして、数分後。

「カーヴェ」

 早くも次に来てもらう衣装を吟味していたカーヴェは、出てきたリヴィアの姿を見ると、もうその必要がないことを悟った。
 スレンダーなラインのドレスは、細身なリヴィアの身体のラインにフィットしている。スタイリッシュで知的な印象を与えるスタイルだが、情熱的な赤色を難なく着こなしているものだから、リヴィアが持っている素材の良さがうかがえる。腰までは入った深いスリット。ざっくり開いた胸元、そして大胆に露になった背中は、褐色の肌と相まって健康的な色気を漂わせている。
 リヴィア以外にこの衣装を着るにふさわしい者はいない。そう思えるくらい、彼女によく似合っていた。カーヴェの豊かな感性と持ちうる語彙をかき集めても言い表せないくらい、綺麗だった。
 言葉を失い魅入っていると、リヴィアの尻尾が彼女自身の身体へと緩やかに巻き付いた。猫と同じように考えるのであれば、これはおそらく緊張や不安の表れだ。

「どう?」
「……満点。いや、それ以上だ! すごく似合っているし、綺麗だよ。リヴィ」
「っ、ありがと。あたしも気に入った。このドレス、動きやすいし」

 ほっと息を吐くのと同時に、リヴィアの身体から尻尾が解かれた。
 カーヴェのお眼鏡にかない、リヴィア自身も気に入ったのであれば、当然ドレスはこれで決まりだ。ようやく解放されると喜ぶリヴィアとは正反対に、カーヴェは額に手を当てて深く息を吐いた。

「ただ……」
「まだなにかあるの?」
「その……胸元や背中の露出が結構あるようだけど、そこは気にならないかい?」
「全然気にならない。最初に着た重たいスカートより何倍もマシ。それに、いつも着ている服のほうがもっと露出はある」
「そうか……」

 リヴィアの言う通りだ。彼女が普段から着ている服は、胸元や背中、足はもちろん、肩にも腹部にも露出がある。それに比べれば今着ているドレスのほうが、布面積はずっと多い。
 しかし、それとこれとは話が違うというものだ。

「パーティー中は絶対に僕の傍から離れないでくれ。できたら誰の目にも映したくないくらいだ。こんなに美しい姿を見せられたら、みんな黙っていないはずだからな」
「なに言ってるの。大丈夫。あたしのことを綺麗なんて言う物好きはカーヴェくらい」

 あまりにもあっけらかんと言うものだから、思わずその唇をカーヴェ自身のそれで塞いだ。
 個室とはいえ、ここが仕立て屋の中で、いつ店員がノックするとも限らない場所で、ゆっくりとリヴィアの唇をついばむ。“理解させる”ように、深く、じっくりと。

「……もう少し自覚してくれ」

 砂漠の果てで出逢ったあのときから、すでに虜になっていた。過酷な大地を生き抜いてきた肢体も。鮮烈なまでの光を宿した眼差しも。罪さえも飲み下した生き方も。
 その全てが、うつくしいと。
 言い聞かせるように真っ直ぐに見つめていると、リヴィアはわかりやすく視線をそらした。薄い褐色の頬は微かに色づき、熱を帯びている。

「……物好きな人」
「ふん、なんとでも言うといいさ。学者というものはほとんどが変わり者なんだ。さあ、ドレスが決まったらアクセサリーと靴だ。オリーブの首飾りは、神の目を外してそのまま使えそうだな。あとはルビーがはめられた金のバングル。それからこの靴を履いてみてくれ」

 カーヴェはリヴィアの左手をとって、細い手首にバングルを飾った。そして、椅子に座るよう促すと、カーヴェ自身は膝をついて目の前にかしずき、しなやかな脚を軽く持ち上げてヒールをはかせた。
 椅子から立ち上がったリヴィアの上から下まで、何度も視線を往復させる。非の打ち所がないくらい完璧な仕上がりだった。

「完璧だ! これはますますパーティー当日が楽しみに……っ、リヴィ?」

 突然、ぽすん、とリヴィアはカーヴェの胸の中に飛び込んできた。しがみつくように背中にまわされた腕は、微かに震えている。
 もしかしたら、リヴィアもこの衣装を気に入ってくれた以上に、感極まってくれているのかもしれない。
 すっかり気分を良くしたカーヴェは、リヴィアの肩をそっと抱き寄せて髪に唇を落とした。

「リヴィ? 情熱的なのは嬉しいけれど、帰ってからゆっくり……」
「違う」
「え?」
「……立てない」

 よく見たら、震えているのは腕だけではなかった。ほんの数センチのヒールをはいた足元までも、生まれたての小鹿のように小刻みに震えていたのだ。
 これは当日までに、ダンスだけでなくヒールで歩く練習もしなければならないようである。



(豊かな/ふさわしい/ずっと)2024.01.23




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