英雄の片割れとの出逢い




 爽やかな潮風が私たちの頬を撫でる。ここから海を見ていると、これから始まる新しい旅に、不思議な予感を抱いてしまう。
 あのときの感覚に似ている。私が初めて旅をしたときの始発駅である、フタバタウンを訪れたときの感覚のように。私の足元にいるシャワーズもきっと同じことを考えているのでしょう。この子も、何かを思い出すような懐かしい目をしている。

「ここがカノコタウン……」
「まさか、イッシュ地方に来て最初に訪れるのがこんな田舎町なんてな」
「オーバ君ったら。でも、ここにアララギ博士がいらっしゃるんですもの。せっかく、ナナカマド博士が私のポケモン図鑑にイッシュ地方のポケモンを追加してくださるよう、アララギ博士に頼んでくださったのだから」
「まぁ、それは在り難いよな! イッシュ地方のポケモンなんて見たことない姿をしてるだろうし、生態系なんてわからねぇし」
「ええ。じゃあ、アララギ博士の研究所に向かいましょう。……デンジ君?」

 手すりに寄りかかって青い顔をしているデンジ君は、まるでこの世の終わりとでもいうような表情をしてる。背中を擦ると少しだけ表情を和らげてくれたけれど、やっぱりまだ辛そうだ。

「デンジ君……まだ辛いの?」
「……悪い」
「全く。これだから引きこもって機械いじりばっかりしてるやつは。だから、ちょっとテレポートしたくらいで酔うんだよ」
「それと、これとは、関係、ねぇだろ……この……アフロ……」
「……本当に重症だな。大丈夫かよ」

 私たちはテレポートを使ってカノコタウンまで来た。といっても、ナギサシティから直接テレポートを使ったわけではない。シンオウ地方から飛行機を使って、イッシュ地方のフキヨセシティという街まで飛び、アララギ博士に会うために、フキヨセシティにいたエスパーポケモンのトレーナーのかたに、ここまで飛ばしてもらったのだ。
 そこで、私たちは新たな事実を知ることになった。なんと、デンジ君はテレポートが苦手らしいのだ。本人も今日の今日まで知らなかったらしく、今日初めてテレポートを体験して、飛ぶ直前の独特な浮遊感に、完全に酔ってしまったらしい。

「飛行機で酔うならわかるけど、テレポートで酔うなんて聞いたことないぜ。しかも、トレーナーになって十年以上経った今、気付くか?」
「普通……エスパータイプでも手持ちにいなきゃ……テレポートなんて……使わないだろ」
「いや、俺はよくゴヨウから呼び出しくらうから、ゴヨウのポケモンのテレポートには世話になってるぜ?」
「私は旅をしてる最中、何度かヒカリちゃんのポケモンにお世話になったから」
「空を飛ぶより便利だもんな。あっという間に移動できるし」
「移動距離に限りはあるけどね」
「…………」
「デンジ君っ」

 デンジ君は言葉を発する気力もなくなってきたらしく、オーバ君が冗談っぽく「ここで吐くなよ!?」と言っても動じなかった。なんだか、本当に辛そうで、可哀想そうだ。

「オーバ君……まずはどこか休める場所を見つけましょう。デンジ君が可哀想……」
「だなぁ。さすがにここまで弱ってるやつを連れまわすわけにもなぁ。でも、こんな田舎町にポケモンセンターなんてあるか?」
「そもそも、人があまりいないものね……あ。あそこ。人がいるわ」

 私より少し背が高くて、でも表情に幼さを残した男の子と、長くてボリュームのある髪をポニーテールにした女の子がいる。髪の長さと目の色以外、二人を構成するパーツはとてもよく似ている気がする。
 オーバ君が声をかけると二人は振り向いて、そして、私の足元にいるシャワーズを凝視した。

「なぁなぁ。きみたち、カノコタウンの子か? 俺たち、別の街から来たんだけど、この辺にポケモンセンターはないか? それかちょっと休憩できるような……」
「ねぇ、お姉さん。この子、ポケモンなの?」
「え? ええ。そうよ」
「なんていう名前?」
「シャワーズっていうの」
「シャワー」
「へえー。シャワーズ……」
「あの、だな。俺の話を……」
「他の地方のポケモン?」
「ええ。そうよ。私たちはシンオウ地方から来たから」
「だったら、連れ歩かないでモンスターボールの中に入れておくほうがいいかもしれない」
「どうして?」
「それは」
「うわぁ! なになに? 可愛いポケモン!」

 男の子の言葉を遮って、今話していた女の子とは違う、もう一回り声の高い女の子の声が聞こえたかと思うと、シャワーズは突然現れた金髪の女の子に覆いかぶさられるように抱きしめられた。私とオーバ君が呆気にとられていると、金髪の女の子の後ろから来た眼鏡をかけた男の子がため息をつきながら、シャワーズから女の子を引きはがした。

「ベル、ストップ。このポケモンのトレーナーさん、困ってるよ」
「あっ! チェレン! でも、この子可愛いよねぇ。あたし見たことないよぉ」
「確かに。……トウヤ。トウコ。知り合い?」
「ううん。わたしたちもついさっき知り合ったのよ」
「……こうなる」
「なるほど。シャワーズはイッシュ地方じゃ珍しいのね。ありがとう。えっと」
「ぼくはトウヤ」
「わたしはトウコ」
「あたしはねぇ、ベルだよ」
「ぼくはチェレンと言います」
「私はレインよ」
「俺はオーバだ! で、後ろでへばってるのが」
「デンジだ」
「お? デンジ、おまえいつの間に復活したんだ?」
「おまえがグダグダしてる間に回復した」
「ごめんなさい……デンジ君……私なにもできなくて……」
「レインが謝る必要なはい。おまえはずっとオレを心配しててくれただろ。悪いのはオーバだ」
「なんで俺だけ……」
「レインさんたちは他の地方からカノコタウンに来たのですか?」
「ええ。そうよ」
「カノコタウンには観光するような場所はありませんけど」
「えっと、私たちはアララギ博士っていうかたに用事があるの」
「でも、どこに行けば会えるのかわからねぇんだよなぁ」
「それなら、わたしたちが知ってるわ」
「本当?」
「はい。よかったら案内しますよ」
「お願いするわ」
「でもでも、その前にこの子のこと、もっと見てもいいですか?」
「ええ」
「やったぁ」
「ベル、だからストップ」
「大丈夫だよぉ、チェレン。もう飛びついたりしないから」

 ベルちゃんとチェレン君がしゃがみこみ、シャワーズの顔を正面から覗き込んだ。トウヤ君とトウコちゃんは、その二人の後ろから覗き込むようにして見ている。
 いくら他地方のポケモンとはいえ、そんなにもシャワーズのことが珍しいのかしら。シャワーズに、というより、四人ともポケモン自体に興味があるというような表情をしている。でも、彼らの腰やバッグにモンスターボールは見当たらない。まだ、この子たちはトレーナーじゃない……?

「ねぇ、貴方たち、いくつ?」
「十三歳だよぉ。あたしたちみんな幼馴染だもんねぇ」
「え!?」
「十三!?」
「……マジか」

 私だけではなく、デンジ君とオーバ君までも驚くのは無理もない。だって、四人とも大人びた顔立ちをしているし、背も私より一回り以上高いから、てっきり十七、八歳くらいあるのかとばかり思っていた。
 やっぱり、イッシュ地方とシンオウ地方では、住んでるポケモンだけではなく、住んでいる人の体のつくりや習慣なんかも全く違うものなのだと、このとき実感した。

「ベル、そろそろレインさんたちを案内しなきゃ」
「あっ、そうだねぇ」
「トウヤ。アララギ博士、この時間に研究所にいたっけ?」
「さぁ」

 四人が歩き出したので、私たちもそれに続いた。私はシャワーズをモンスターボールに戻したけど、さっきのやり取りを聞いていたからか、外に出ているほうが好きなシャワーズは大人しくボールに入ってくれた。

「なぁ。四人ともトレーナーじゃないのか?」
「そうですよ」
「トレーナーになりたいとか思わないのか?」
「思うよ」
「思いますよ」
「なりたいよ!」
「当然」

 四人とも、オーバ君の質問に同時に答えた。

「まだ自分のポケモンを持っていないけど、そのときが来たら、ぼくはチャンピオン以上に強くなりますよ」
「あたしも! あたしだけの仲間と旅して、ジムリーダーにチャレンジするの!」
「四人で誰が一番早くジムを制覇するか、競争したいわね」
「たぶん、ポケモンをもらう時期は同じだろうからな」
「レインさんたちはいつ、自分のポケモンを?」
「私たち? 私たちは……」

 隠しきれない笑みを浮かべながらデンジ君とオーバ君を見上げると、二人とも同じような表情をしていた。まるで、遠い昔の自分を見るかのような、温かい眼差し。自分だけの仲間を見付け、仲間と共に抱いた夢に向かって駆け抜けた日々。
 デンジ君はジムリーダーに、オーバ君は四天王に、私はジムリーダー見習いに。みんな夢を叶えた今、少しだけ忘れかけていた気持ちを、彼らは持っている。初めてポケモンに触れたときの気持ちを、彼らは思い出させてくれた。
 ポケモンのことを話していると、研究所まであっという間についてしまった。

「ここがアララギ博士の研究所です」
「おお、ありがとな! 助かったぜ!」
「あの、三人ともこれからイッシュ地方を旅するんですか?」
「ああ」
「あのあの、シンオウ地方に帰る前に、またカノコタウンに来てくださいね! あたしたちに旅のお話を聞かせてくださいね!」
「ええ、もちろん。約束するわ」
「ありがとう!」
「ベル。そろそろ」
「うん! レインさんたち、またねぇ!」
「失礼します」
「じゃあ」
「また」

 来た道を戻っていく四人の姿を、見えなくなるまで見送った。今はまだトレーナーですらないあの子たち。でも。

「面白い子供たちと出会ったなぁ。だから旅ってのは面白いんだ」
「ふふっ。そうね。四人とも、旅に出たらそれぞれの強さを身につけるわ。きっと」
「強くなるぞ、あいつらは。特に、あのトウヤとトウコとかいう二人」

 トウヤ君とトウコちゃん。口数こそそこまで多くなかった二人だけど、数少ない会話の中からポケモンへの情熱を感じられた。性格は全然違うけど、ヒカリちゃんやジュン君、コウキ君に重なる何かが見えた。
 彼らはきっと強くなる。たくさんの勝利と敗北を経験して、きっといつかイッシュ地方の頂点に立つトレーナーになる。

「あいつらがトレーナーになったら手合わせ願いたいな!」
「何年後になることやら」
「でも、私たちも追い越されないようにしないと」
「もちろん!」
「ふふっ。じゃあ、私たちの旅を始めましょう」

 そして、私たちは新しい始まりの扉を開けるのだ。



2011.10.10
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