ある意味二人は似た者同士




 昼寝から目を覚ましたデンジは、眠気眼のまま口を開いた。

「オムライスが食いたい」

 デンジが突拍子もないことを口にするのはいつものことだった。デンジは勉学的な意味で頭がいいやつだが、ある意味で子供以上に単純な思考回路を持っている。眠けりゃところ構わず寝るし、会議中でも腹が減れば腹を鳴らすし、欲しいと思えば俺の前だろうとレインにキスする。
 な? 実にシンプルな思考回路だろう? 要は本能に忠実な我が道を行く男なのである。でなければ、ナギサシティを何度も停電させはしないはずだ。

「オムライス?」
「ん。オムライスが食いたい」
「さっきちらっと見たけど、このポケモンセンターのレストランにオムライスはなかったぜ?」
「違う。レインのオムライスだ」
「おいおい」
「卵がトロッと半熟のやつがいい」
「ふふっ。わかったわ。じゃあ、食材を買いに行きましょう。ポケモンセンターのキッチンを借りて作るわね」

 まるで我が子に向けるような慈愛に満ちた眼差しでレインは微笑む。デンジはというと、途端に上機嫌になり財布はどこだと荷物を漁りだした。ちなみに、漁っているのは俺の荷物である。おい。

「デンジ! おまえ俺の金で買う気かよ!」
「おまえも食うんだろ?」
「え、そりゃ食いたいけど」
「レインの飯を彼氏でもないおまえが食うんだから金くらい払え」
「で、デンジ君。私も出すわ」
「あー、もういいよレイン。三人分の材料費ならそんなにかからないだろ?」
「ひゅー。さすが四天王。金持ってるー」
「棒読みやめろ」
「あ、あった」

 俺の財布を捜し当てたデンジは、レインの手を引いて外に向かった。荷物持ちになることをわかっていながら、俺も買い出しについて行く。
 スーパーでデンジとレインを観察していると、恋人と言うよりも親子に見えて仕方がなかった。オムライスに使うタマネギをレインがカートに入れれば、デンジがそれを棚に戻す。そういや、デンジはタマネギが苦手だったよなぁとぼんやり思った。最終的に、細かく刻むから、とレインが言い聞かせ、デンジは渋々タマネギをカートに入れ直したようだ。
 ポケモンセンターに戻って、レインがオムライスを作ろうとキッチンに立つ。てっきりデンジも手伝うのだと思っていたが、デンジはポケモンたちのブラッシングをして待ってると言い、レインと俺のモンスターボールを預かっていそいそと部屋に戻っていった。
 これは、俺には手伝ってやれと遠回しに言っているのだろうか。まあいいか。別に料理は嫌いじゃないしな。

「よし、作るか!」
「ええ」
「俺はなにしたらいい?」
「じゃあ、レタスをちぎってサラダを作ってくれる?」
「おう。しかし、レインは大変だなぁ」
「なにが?」

 レインは慣れた手付きでタマネギをみじん切りにしていく。それはもう、そこまで細かくするかと言いたくなるほどにだ。

「デンジだよ。あいつの我が儘を聞くのも大変だろ?」
「そんなことないわ。デンジ君、食べたいものはいつもはっきり言ってくれるから、メニューを考えるのに悩まなくて済むもの」
「でも、あいつ好き嫌い多いだろ? タマネギとかニンジンとかピーマンとか」
「……そうね。でも、こうやって細かくしたら食べてくれるし、美味しいって残さずに食べてくれるから」

 ダメだ。完全に子供を甘やかす母親にしか見えない。もしくは家政婦か、メイドか。何にせよ似たようなものだ。ナギサシティにいた頃もレインがデンジ宅を定期的に訪れて、掃除洗濯料理と家事をやっていたんだろうということが容易に想像がつく。
 レインはこれでいいのだろうか。デンジのことだから、レインが世話してくれるのに慣れきってしまい、それを当たり前のように思っていないだろうか。感謝の気持ちの一つくらいちゃんと言っているのだろうか。
 と、心配していた俺だが少なからず杞憂であることが判明した。出来上がったオムライスを部屋に運びテーブルに並べると、デンジはおまえ誰だと言いたくなるほど目をキラキラさせて席に着いたのだ。そして、大口を開けてオムライスを一口だけ口に運ぶと、味を噛みしめながらその表情を緩めた。

「美味い! やっぱりレインの手料理が一番だな」
「よかった。イッシュ地方に来てからほとんどお料理をしていなかったから、心配だったの」
「いや、ナギサにいた頃と変わらず美味い。いつもありがとな」

 へぇ、デンジって意外と素直にこういうこと言うんだな。それにしても、レイン嬉しそうだなぁ。これなら、レインが母親のようにデンジに尽くし、世話を焼いているにしても報われているのかもしれない。

「デンジ君も、ありがとう」
「ん?」
「みんなのこと、ブラッシングしてくれたでしょう? みんなとっても綺麗になってるもの」
「ああ」
「そういや、デンジって昔からブラッシングは得意だよな」

 な、と足元でポケモンフーズを貪っているブースターに同意を求めると、ブースターは満足そうに鳴いた。こいつは昔から、デンジのブラッシングが好きだから。

「デンジ君は私がご飯作っている間、いつもシャワーズたちのことをブラッシングしてくれてたから、すごく助かってるの」
「へー。レインが飯作ってる間、寝てたり機械いじったりしてるわけじゃねぇんだな」
「そりゃそうだろ。レインやオレのポケモンの相手してるか、それか……」

 デンジが意味ありげにレインをちらりと見た。レインはきょとんとして首を傾げたが、数秒後、ぼんっと爆発でもしたかのように顔が真っ赤になった。それだけで何となくわかってしまう俺である。料理をするレインの後ろから、デンジがちょっかいを出すというかじゃれついてるんだろどうせ。いいなこんちくしょう。
 皿洗いを済ませた後は、デンジと俺、そしてレインとそれぞれわかれて大浴場に向かった。大きいポケモンセンターだと大浴場がついていて本当に助かる。部屋についてる風呂でもいいのだが、今日のように三人同じ部屋の場合どういう順番で風呂を使うか非常に迷うからだ。ちなみに、いつもは俺とデンジが同じ部屋で、レインは別室である。
 大浴場は貸し切り状態で、年甲斐もなくハシャいだ俺たちはサウナに入ったり水風呂に入ったり我慢比べをしたりして大きな風呂を満喫した。
 大浴場から出て部屋に戻ると、すでに部屋に戻っていたレインがソファーに座って膝を抱えうとうと船を漕いでいた。はぁ、と隣からため息が聞こえてきた。

「まったく。風呂入って暖まったらすぐ眠くなるんだよ、レインは」
「へぇ」
「レイン。ほら、髪乾かさないと湯冷めするぞ」
「……う?」
「ん、ここ座る」

 備え付けのドライヤーを取り出し、デンジはそれでレインの髪を乾かしだした。それでもレインはまだ眠たいらしく、うとうとしながらデンジにされるがままになっている。なんだ、さっきまでと立場が逆転したみたいだ。今の二人は恋人や母親と息子というより、ポケモンとそのマスターみたいだ。そういやこの旅で、意外とお寝坊さんのレインを起こすのはいつもデンジだよな。

「……おまえら、おもしろいな」
「は? 何がだよ」
「いや、持ちつ持たれつというか、世話を焼きあってるというか、何にしてもお似合いだわ」
「そりゃどーも」

 レインの乾いた髪を櫛でとかしてやるデンジを見て、もう一度しみじみと思う。最初から似ていたのか、付き合いだしてから似たのかわからないが、結局この二人は似た者同士でお似合いのカップルなのかもしれない。



2012.05.07
PREV INDEX NEXT
- ナノ -