人間とポケモンの理想




 N君が立ち去った後、私たちは近くにあったポケモンセンターに移動した。デンジ君とオーバ君は沈んでいる私を間に挟んで座り、動揺を一つずつ取り除くようにゆっくりと話を聞き出してくれた。
 まだ頭が混乱していてうまく話せたかわからないけれど、話を聞いてもらっていたらだんだん落ち着いてきたのが自分でもわかった。

「そんなことを言われたのか」

 こくり、と力なく頷いた。ここに座ってから、デンジ君はずっと私の手を握ってくれている。それだけでとても安心するけれど、その手が優しすぎて涙腺が緩みそうになってしまう。N君の、あの冷たい目を見ていたから、なおさらそう感じる。

「聞き方によっては、そのNって野郎の言い分が正しく聞こえたりするのかもしれないよな。現にレインは動揺しているんだろ?」
「ええ……もちろん、みんなのことを下に見ているなんて、そんなつもりはないの。でも、私でさえ知らない心の奥のどこかで、もしそう思っている私がいるのなら……」
「レインはそういう自分がいると思うのか?」

 デンジ君の問いに全力で首を横に振った。すると、オーバ君がニッと笑って私の背中をポンポンと叩いた。

「それなら大丈夫だ! 何を言われても胸張っとけよ!」
「でも……確かに、シャワーズはモンスターボールが嫌いなの。それなのに、閉じこめなければいけない……」
「それはレインとシャワーズが一緒にいるためだ。イッシュ地方じゃシャワーズは目立つからな。シャワーズもレインと一緒にいたいから、苦手なモンスターボールの中で大人しくしているんだよ」
「シャワーズ……」

 傍らで話を聞いていたシャワーズがニコッと笑った。デンジ君の言葉を肯定しているみたいだった。

「他のポケモンだってそうだぜ! 例えば、でっかいポケモンはモンスターボールに入れて運ばないと一緒にいられないだろ? ポケモンだってそれを理解してるさ! モンスターボールはポケモンの気持ちまで縛れないからな」
「オーバ君」
「ポケモンバトルだって、人とポケモンが分かり合うためのものだとオレは思う。バトルを通じて信頼関係が築き上げられていくし、本当にバトルもトレーナーのことも嫌いなポケモンは勝手に逃げ出すだろ。ポケモンは人間よりも強いんだからな」
「……デンジ君。そうね……ありがとう。やっぱり、二人は凄いね」

 二人は揺るぎない意志の強さを持っている。そして、ポケモンとの絆を信じている。だから、二人はジムリーダーや四天王という立ち位置にいるのだ。私もジムリーダーを目指す身だけれど、まだまだ脆いのだと今回の件で思い知った。
 もっと、自分の意志とポケモンとの絆を信じて、胸を張っていかないと。

「ポケモンが人間のことをどういう風に見ているかも、ポケモンの自由だろうにな。それでもレインが気になるなら呼び方を変えるよう言ったらどうだ? オレたちにはなかなかわからないが」
「そうね。……改めて考えてみたら、ランターン以外は私のことを『マスター』とか『主』とか『ご主人』って呼んでいるの。シンオウ地方に帰ったら、名前で呼んで欲しいってお願いしてみるわ」
「ん。それはいいな」
「なあなあ!」

 オーバ君は私の目の高さまでブースターを抱き上げた。

「ちなみに、ブースターはいつも俺のことなんて呼んでるんだ?」
「ブースター? 『オーバ』って呼び捨てにしているわよ」
「そっか! やっぱ小さい頃から一緒だからかな」
「オレのポケモンは?」
「呼び捨てだったり、君付けだったり。レントラーはマスターって呼んでいたけど」
「ああ、何となく納得する」
「最近気になるのが、イッシュで仲間にしたポケモンたちがオーバ君のことをバッフロンってふざけた感じで呼んでいるときがあるんだけど……バッフロンって何かしら?」
「マジか! 気になるなそれ……って、おまえら何笑ってんだよ」

 何故かオーバ君のメラルバとダルマッカがケラケラと笑っている。私も意味を理解しかねていると「あれじゃないか?」と、デンジ君は笑いを堪えながら本棚にあった雑誌を指さした。表紙に乗っていたポケモンを見て、思わず私も吹き出してしまった。「バッフロン育成論特集」と描かれた雑誌の表紙には、頭に見事なアフロを持ったポケモンが載っていたからだ。「おまえらなー!」と叫びながらダルマッカたちを追いかけるオーバ君を、デンジ君と二人で笑いながら目で追いかけ、ふと考える。
 Nと名乗った彼がどうしてあんな考えをするに至ったのか。彼の隣にいたゾロアがどうしてあんなに怯えた瞳をしていたのか。わからないけれど、今のこの光景を見て欲しいと思う。ポケモンと人間が一緒に生きて笑いあっているこの光景こそが、きっと誰もが幸せになれる理想の世界だと思うから。



2011.04.14
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