私達の終着点、彼らの出発点




 目指していた景色が、どんどん近付いてくる。カノコタウンを旅立ったのは半年ほど前なのに、つい最近のことのように感じてしまう。それほど、イッシュ地方を旅した期間はあっという間に過ぎた。思い返せば、一日では語りきれないほどたくさんの出来事があった。
 全ての始まりは、ここ――カノコタウン。アララギ博士からポケモン図鑑を強化してもらうため、この地を旅の出発地点に選んだ。ここで、私たちは四人の男の子と女の子に出会った。トウヤ君、トウコちゃん、チェレン君、そしてベルちゃん。ポケモンを未だ持っていなかった四人は、私たちのポケモンを見て目を輝かせ、夢を語った。
 あの子たちは今、どうしているのかしら。もう、自分のパートナーとなるポケモンに、出会えたのかしら。また、会えるかしら。あの日、交わした約束を果たすために、私たちはここに戻ってきたのだ。

「あ!」

 ウルガモスに乗っているオーバ君が声を上げ、眼下を指さした。カノコタウンの入り口に、あの四人がいたのだ。「せーの!」というかけ声が聞こえたかと思うと、四人は一斉にジャンプして、一番道路に着地した。

「なんだろう! ドキドキわくわくしちゃうね!」
「そうだね。じゃ、みんなで最初の一歩を無事に進むことができたし、ぼくはカラクサタウンに向かうよ」
「そうだねぇ。トウヤとトウコは?」
「わたしもそのつもり」
「そうだな」
「じゃあ、誰が一番早く着けるか競争しようよぉ。しゅっぱーつ!」
「あ! ベル、ストップ! 走ったら転ぶよ!」

 走り出したベルちゃんを、チェレン君が慌てて追いかけていった。そんな二人を見て呆れたように笑ったトウヤ君とトウコちゃんは、自分たちに被さった影に気付き、私たちを見上げた。

「スワンナ。ゆっくりね。トウコちゃんたちが驚かないように少しずつ降りて」
(りょーかい!)

 二人の目の前にゆっくり降り立った後、私たちはそれぞれのポケモンをモンスターボールに戻した。

「久しぶりだな!」
「本当に」
「えっと……デンジさんにオーバさん、それからレインさん……?」
「ええ」
「ビックリした。もしかして、旅が終わったとか?」
「ああ! イッシュ地方ほとんどの街を回ってきたぜ! イッシュ地方のジムバッジも八つ揃えたしな!」
「すごい! じゃあ、イッシュリーグにも?」
「……」
「そ、そこはいろいろあったの。そう、いろいろ……」

 トウヤ君とトウコちゃんの頭上にクエスチョンマークが見える気がする。普通なら四天王に挑戦してチャンピオン戦へ、と思うけど………まさか、今旅立とうとしている子たちに、チャンピオンは不在でしたと報告をするのも申し訳ない。
 笑顔で濁しつつ、私は二人が腰にセットしている真新しいモンスターボールに視線を落とした。

「二人とも、それからさっき走っていったチェレン君とベルちゃんも、ポケモンをもらえたの?」

 途端に、二人は今までに話していた中で一番の笑顔を見せてくれた。それぞれのモンスターボールが弾けて、二人のパートナーであるポケモンたちが顔を出す。ポカブと、ゾロアだ。

「おおっ! トウコのポケモン、ほのおタイプだろ!?」
「ええ」
「かっこよく進化しそうだなー! いいなー!」
「でしょう?」
「こっちは……ゾロアか?」
「当たり。結構珍しいポケモンみたいで、旅の最初のパートナーには難しいかもしれないって言われたけど、小さい頃から最初のポケモンはゾロアがいいって思ってたから」

 な、とトウヤ君が笑うと、ゾロアは嬉しそうに鳴いた。(トウヤと一緒に、いろんなところに行くんだ!)だって。
 ゾロアとポカブのレベルは低そうだし、まだ会って間もないみたいだけど、もう彼らの間には絆ができ始めている気がする。今はまだ小さい絆だけれど、これからいろんな場所を旅して、たくさんの人に出会って、そしてバトルして、どんどん強くなっていくんだと思う。

「デンジさんたちはもうシンオウに帰るんですか?」
「ああ。これからフキヨセシティに行って、飛行機に乗る予定だ」
「そっか。ありがとうございます」
「最後に、わたしたちに会いに来てくたんてすよね!」

 差し出されたトウコちゃんの手を、強く握り返した。そうやってそれぞれが握手を終えると、デンジ君はシビルドン、オーバ君はウルガモス、私はスワンナを呼び出して、再び空に舞い上がった。
  「チェレン君とベルちゃんにもよろしくね!」と、振り返って手を振る私たちに、トウヤ君とトウコちゃんも手を振ってくれた。二人の姿が見えなくなるまで、私はずっと手を振っていた。

(レインちゃん! そろそろスピード上げるから、掴まって)
「ええ。大丈夫よ、スワンナ」
「それにしても、シビルドンで空を飛ぶのってなんかシュールだよな」
「悪いか。シビルドン、ほうで」
「だあああ! だから、空を飛んでる最中のそれはやめろっつーの!」
「きゃ」
「そっちに避けるな。レインに当たるだろうが」
「おまえなー!」

 大声を上げつつ、オーバ君は笑っている。デンジ君もなんだかんだで楽しそう。そんな二人を見ていると、私までつられて笑顔になる。
 この半年間、いろんなことがあったけど、そのほとんどをこうして笑って過ごせた気がする。少しだけ、旅が終わってしまうのが寂しい。一人でシンオウ地方を旅したときは、やっとナギサシティに帰ったんだってホッとした気持ちのほうが大きかったのに、不思議。

「なんだか、少しだけ寂しいね」
「ん?」
「三人だけの旅も終わっちゃうんだ……って思ったら、もう少し旅をしていたい気もするなって。ちょっと寂しい」
「いやー? そうでもないかもしれないぜ?」
「え?」
「シンオウ地方に戻ったら、もっといいことが待ってたりして、な! デンジ!」
「ちょっ! オーバてめっ!」

 何が地雷だったのか、デンジ君は今度こそ本気でオーバ君に電撃を浴びせようとしたみたいだけれど、私とスワンナの後ろに回り込むように飛んだウルガモスの上で、オーバ君は相変わらずにやにやと笑っている。
 私が首を傾げていると、デンジ君はエモンガを呼び出してウルガモスを追い回すように指示したようだ。悲鳴を上げながら、ピンポイントを狙う電撃を避けるオーバ君とウルガモスがどんどん離れていく。思わずクスリと笑うと、デンジ君とシビルドンがいつの間にか私とスワンナの近くに寄っていた。

「気にしなくていいからな、レイン」
「……そうなの?」
「ああ」
「……」
「……」
「……気になっちゃうな」
「……」
「いいこと、って本当?」
「……レイン次第かな。少なくとも、オレにとってはこの上なく幸せなこと」
「じゃあ、何か楽しみにしてる。デンジ君が幸せなら、私も絶対に幸せだもの」
「……っ」
「どうしたの?」
「いや……今ので勇気をもらった。ありがとうな、レイン」

 ふわり。終わりと始まりを告げる風が、私たちの間を吹き抜けた気がした。



2012.08.22
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