地図に新しい道を描き足して




「ちょっとイッシュリーグに挑戦してくる」

 デンジ君の家に泊まりに来ていた私が食後のコーヒーを用意しているとき、デンジ君は何の脈絡もなくそう言った。私は目を点にして「へ?」と変な声を出しながらデンジ君にコーヒーを渡したけれど、彼は何とも思っていないような涼しい顔でそれを受け取った。

「それって、イッシュ地方、よね? ど、どうしてまた、急に……」
「ん、なんとなく? イッシュ地方にしかいないポケモンを見てみたいし、ポケモントレーナーとして初心に帰りたかったっていうのもあるな。イッシュじゃオレがジムリーダーだと知ってるやつは少ないだろうし、自分の力を試すにはいい場所だ」
「な、ナギサジムはどうするの?」
「ショウマにジムリーダー代理を頼んでる。半年もあれば帰れるだろ。ま、挑戦者なんてほとんど来ないだろうけどな」
「……そ、う」

 デンジ君の向かいに腰かけてコーヒーに口を付けた。私は紅茶が好きだけれど、デンジ君が好きなコーヒーも好きになりたくて、たっぷりのミルクを入れたはずなのに、やっぱりすごく苦い。
 イッシュ地方といったら、シンオウ地方より遥か彼方にある地方だ。ポケモンの空を飛ぶで移動できるような距離じゃない。そんな場所に行ってしまうのだから、次はいつ逢えるかなんてわかったものじゃない。
 デンジ君は強い意志を持っていて、一度決めたことはやり通す人だ。行って欲しくない、と言っても、きっと彼の意志は変わらないのでしょう。

「イッシュリーグに挑戦するのなら、ジム巡りもするんでしょう? が、頑張ってね。私、応援してるいから……デンジ君が帰ってくるのを、待っているから……」
「なに言ってるんだ? レインも来るんだよ」
「……えぇ!? 私も!?」
「当たり前だろ。そんなに長い期間、会えないなんてオレが耐えられないからな。担いででも連れていくぞ」
「で、でもっ、せっかく修行させていただいているのに、マキシさんがなんて言うか……」
「それは問題ない。許可はもうとったからな。トレーナーとしての幅を広げさせるためにレインも連れていく、ってな。マキシさん、二つ返事でOKしたぞ」
「で、でも……」
「レインは行きたくないのか?」
「ううん! 行きたい!」
「じゃあ、決まりだな」

 クスリと笑ってくれたデンジ君を見たら、体の中がほっこり温かくなってきた。良かった。デンジ君、私のことも考えていてくれたんだ。……嬉しい。
 それに、久しぶりの旅が決まって少しだけワクワクしている。行ったことのない場所、見たこともないポケモン、いろんな人との出会い。シンオウ地方を巡る旅は私とポケモンたちだけだったけれど、今回はデンジ君も一緒だ。きっと、前以上に素敵な旅ができると思う。

「いつ旅立つの?」
「用意ができ次第すぐだな。飛行機のチケットもとってる」
「わかったわ。じゃあ、母さんたちに話してマキシさんにご挨拶して……」
「待ったー!!」

 私もデンジ君も、コーヒーを口元に運ぼうとしていた手を止めて、目を見合わせた。慌ただしく廊下を走る音が聞こえてきた直後、リビングの扉が開いた。声でわかっていたことだけれど、入ってきたのはオーバ君だった。

「俺も行く!」
「オーバおまえ……どうやって鍵を……」
「閉まってなかったぜ!」
「あ、あら? 私、閉め忘れたかしら……?」
「……レイン」
「ご、ごめんなさいっ」
「デンジ、おまえイッシュリーグに挑戦しに行くんだろ!? 俺も行く!」
「オーバ、それ誰から聞いた」
「チャンピオン」
「チャンピオンか……ジムを空ける許可をもらうために、早めに報告したらこれだよ……」
「イッシュには前々から行きたかったんだ! それに、イッシュといえば、トリプルバトルの本場だろ! 俺たちのコンビネーションを試そうぜ! 幼馴染トリオのブイズでトリプルバトルをするのが俺の夢の一つなんだ!」
「楽しそうね。ねぇ、デンジ君。三人で行きましょう。久しぶりに幼馴染水入らず、どこかに出かけるのも楽しそうだもの」
「……もう勝手にしてくれ」
「よーしっ! イッシュにしかいないほのおポケモンの情報を調べとくぞー!」

 早くも燃えているオーバ君とは対照的に、デンジ君は若干不機嫌なように見えた。拗ねたコバルトブルーの瞳と目が合うと「二人だけで行きたかったんだけどな」と小声でぼやかれた。自分の頬に熱が染まるのを感じつつ、苦笑を返す。
 さあ、三人で行くことが決まったイッシュ地方への旅はどうなるのかしら。わかっているのは、未知なるドキドキの連続が待ち構えているであろうということだけだった。



2011.02.26
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