二人の未来のための決意




 澄み切った空、燦々と輝く太陽、白い砂浜、そしてエメラルドブルーの色をした海。ナギサの海とはまた違う海岸が、俺たちを迎え入れてくれた。
 これぞリゾート地だという場所で、普段ならばテンションもより高く海にダイブしたりするのだが、水着に着替えたはいいものの、俺たちはただ浮き輪に掴まり海にぷかぷか浮いているだけだ。
 デジャブ。ライモンシティでもこんなことがあった気がする。隣を見ると、恐らく俺と同じことを思っているであろうデンジが、浮き輪にはまり足を投げ出して海に浮かんでいる。

「苦い……苦すぎる。なんだってイッシュ地方で最後に滞在する町、しかもリゾート地で、野郎二人だけで海遊びなんて……」
「全く同じ言葉を返してやるよ」
「レインはなぜか現れたチャンピオンに拉致されて、カトレアの別荘に連れていかれるしよ……」
「おまえの上司だろ。ちゃんと管理しとけよ」
「いや、そもそもあの人は神出鬼没過ぎるんだよ。こないだは遺跡を調べるためにジョウト地方に行ったとか言ってたし」
「……ああ、サザナミタウンには海底遺跡があるんだったな。どうりでイッシュ地方にいるわけだ」

 さほど興味がないような口調で呟くと、デンジは空を飛び交うキャモメの群れをぼんやりと眺めだした。完全に目が死んでいる。
 俺たちより少し離れた場所でポケモンと一緒に遊んでいるビキニの女の子たちが、ちらちらとデンジのことを見ているが、声をかけるか迷っているようだ。そりゃ、こんな表情でいられたら話しかけづらいだろう。全く、イケメンの無駄遣いとはこのことだ。

「おーい、デンジ」
「……だ」
「え?」
「イッシュを旅した時間は何だったんだ……」

 出た。まだ引きずってやがる。いや、これはイッシュ地方最後の町でこの苦い状況ができあがってしまったとか、そういう意味ではない。

「まあ、そりゃ残念だよな。四天王に勝ったのに、イッシュ地方のチャンピオンは放浪の旅で不在だったなんて」

 イッシュ地方全てのジムバッジを集めた俺たちは、イッシュリーグに挑戦して、それぞれ四天王を見事に打ち破った。しかし、最後に戦った四天王から、それぞれ衝撃の事実を聞くことになったのである。
 『イッシュ地方のチャンピオン、アデクは旅に出ていていない。チャンピオンには挑戦できない』と。

「四天王に挑戦する前に告知しておけって話だろ……仕事しろよポケモンリーグ……」
「あれだろ。まさか受付も三人とも四天王を撃破するなんて思わなかったんだろ」
「完全に舐められていたことも腹立つ」
「いや、四天王を全員倒せるチャレンジャーなんて年に一人いるかいないかなんだよ。俺だって二年前にレインやヒカリと戦って以来、公式戦をしてないぞ?」
「働け」
「おまえが言うな! つかバトル以外の仕事はやってるからな! 俺は!」
「どーでもいいよ。あー……なんのためにここまで来たんだよ……挑戦するのもホウエンリーグとかにすりゃよかった」

 デンジは今や白目を剥きそうな勢いである。デンジを遠目に見てきゃっきゃ言っていた女の子たちは、デンジのあまりの形相に、いつの間にかどこかに行ってしまったようだ。イケメンの無駄遣い過ぎるだろ、この男。
 しかし、デンジがこうも落胆する理由がわからない。チャンピオンと戦えなかったのは確かにがっかりするだろうが、イッシュ地方の四天王を全員倒したということは事実で、チャンピオン不在はイッシュリーグの責任である。よって、俺たちはチャンピオンが戻り次第、いつでもチャンピオンと戦える権利を、イッシュリーグから正式に与えられたのだが。

「まあ、そう落ち込むなよ! シンオウ地方に戻って、イッシュリーグからの連絡を待てばいいじゃねぇか。で、チャンピオンが戻ってきたら、またみんなでイッシュ地方に来ればいいだろ?」
「……だったんだよ」
「は? なんて?」
「……」

 デンジが何を言ったか聞き取れずに聞き返すと、デンジは少し沈黙した後、今度はやけにはっきりした声で、ある言葉を紡いだ。デンジが口にしたのは馴染みのない単語で、聞いた直後、しばらくその意味を理解できずに硬直した。
 数秒後、やっと俺が出した言葉は「マジか」だった。

「え? 言えばいいじゃん。レイン、NOなんて絶対言わないぜ?」
「それはわかってる……」
「それならなんで、イッシュリーグを制覇したら、なんてまどろっこしいやりかたをしたんだよ?」
「……オレってよくナギサシティを停電させるだろ」
「何を今更」
「レインはオレを全肯定してくれるし、いつも何も言わず一緒に謝って回ってくれてるけど、実際はかなり迷惑かけてると思うんだ」

 さらにデンジは「オレってよくジムを抜けるし、我が道を行くタイプだし、改造厨だし」と、今更それがどうしたと思うようなことを挙げ始めた。
 本当に、だから何だというのだろうか。それがデンジの通常運転だということは俺やレインだけでなく、ナギサ民、いやシンオウ民なら誰もが既存の事実である。

「それに……」
「いや、本当に今更だぜ? それがどうしたってんだよ」
「……そんなオレが、本当にレインをずっと支えてやれるのか、幸せにできるのか、と思ってな」
「……は」
「だから、イッシュリーグ制覇でもすれば、自信がつくと思ったんだ。もちろん、ポケモントレーナーとして成長したいという気持ちも本心だが……」

 なるほど。つまり、今のデンジは鬱モード一歩手前だと言うことは分かった。なんというか、しょうもないことで悩んでるなぁというのが率直な感想だ。
 とりあえず、俺は両腕いっぱいを使って水面を掻き、波を作るとデンジの顔にぶっかけた。

「ぶっ!」
「いや、そんなの今更だし。つか、自分が気にしてるところを直そうとは思わないんだな」
「ああ。というか、直せない」
「きっぱりだな、おい。ま、直さなくていいと思うぜ。いや、停電と改造癖は真剣に直せと思うけどよ。他は今更デンジが改善しても気味悪いっつーか、ほんと今更だよ。レインはデンジのそういう面を知って一緒にいるんだし」
「……でも、一緒になることでこれからもっと迷惑をかけることになるかもしれないだろ」
「人生そんなもんだよ。誰にも迷惑かけずに生きていけるわけないだろ。そういうときは遠慮なく支えてもらえばいいんだよ。んで、レインが壁にぶち当たったり周りを敵に回すようなことをしちまったら、味方でいてやりゃいい。それだけだよ。今までもこれからも何も変わらねえよ。人間……それが恋人同士ならなおさら支え合って生きていくもんだろ」
「……オーバ」
「いや、ただし停電と改造癖は本気で改善しろ。ジムリーダー免許剥奪されたらさすがにマズいだろ。なによりナギサ民の生活が」
「努力はする」

 そうは言うがデンジの目は泳いでいる。これは改善する気がなさそうである。責任者の不在がどれだけチャレンジャーに迷惑を被るか身を持って知ったのだから、せめてジムを抜け出す癖は直してもらいたいものだ。

「……よし、言う」
「おお」
「シンオウ地方に戻ったら、言う」
「おおおお!」
「……たぶん」
「いいところでヘタレんな!」
「嘘だよ。言うよ、ちゃんと。オレにはレインしかいないんだ」

 言う。もう一度自分にそう言い聞かせるデンジは、今度こそ、ようやく決心が付いたらしい。さっきまで濁っていた瞳は、この蒼穹に負けないくらい青く澄んでいた。



2012.08.19
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