二人の未来に繋げるために




 アロエさん、カミツレさん、フウロさん、アイリスちゃん、カトレアちゃん、シキミさん、シロナさん。………どうして、名だたる顔触れの中に私がいるのだろう。
 イッシュ地方で過ごす最後の一週間を、サザナミタウンで過ごすと決めて五日目。なぜか突然現れたシロナさんに手を引かれて、海辺に面した別荘の一つに連れてこられたのがつい先程のこと。
 アロエさんはアイリスちゃんの遊び相手をしてあげているし、カトレアちゃんは半分眠った状態で座っている。カミツレさんとフウロさんはお互いの好きな人の話をしているようで、シキミさんが小説のネタにとなにやらメモを取っているみたい。

「うふふ。みんな楽しそうでしょ? たまに、イッシュ地方の女性実力者だけでこうして集まってるみたいなの。情報収集とか、親睦も兼ねてね」
「あ、あの」
「ああ。気を遣わなくていいのよ? ここはカトレアちゃんの別荘だから」

 こくり、とカトレアちゃんは頷いたけれど、もしかしたら船を漕いだだけかもしれない。

「いえ、あの、シロナさんはどうしてイッシュ地方へ? チャンピオンのお仕事ですか?」
「違うわ。今回は考古学者として来ているの。サザナミタウンには海底遺跡があるでしょう? それを調べにきたの。カトレアちゃんが別荘を貸してくれるって言うから、長く滞在できるもの」
「なるほど」
「で、久しぶりにみんなで集まろうってなったの。そうしたらレインちゃんが偶然海辺にいたから、連れて来ちゃった」

 えへ、というお茶目な擬音がつきそうな笑顔でシロナさんは笑った。本当に、外見はこんなに綺麗で知的なのに、中身は少女のような人だ。だから、みんなから慕われているんだろうな。

「あ、もしかして、迷惑だった?」
「いえ! みなさんにいろんなお話が聞けるいい機会だと思います。ありがとうございました」
「そう? よかった。でも、周りを見てわかるとおり、みんなそんなに堅苦しい話はしないのよ。若い子が多いから、だいたいは」
「レインさん!」

 突然、背中に重みと柔らかい何かが押しつけられた。それはたぶん、私が持っていない感覚だ。背中から私に抱きついてきたフウロさんは「おじゃましまーす!」と言って、私とシロナさんが話していたテーブルにイスを持ってきて腰を下ろした。
 フウロさんの隣にはカミツレさん、その隣にはシキミさんが腰を下ろした。なんだか、さっきまでフウロさんたちが話していた話題に巻き込まれそうな……。

「レインさんに質問! ジムに一緒に来た彼氏さんとはどのくらい付き合ってるの?」

 ビンゴ、だった。

「ふふふ。こんな感じで、恋愛に関する話題になるのよ」
「え、えっと」
「フウロちゃんったら、いきなり聞くの?」
「だって、カミツレちゃんの話題もシキミちゃんの話題もだいたい知ってるんですもの。シロナさんは何を聞いてもはぐらかされるし、この前はカトレアちゃんを質問責めにしちゃいましたし」

 話に出てきたカトレアちゃんに視線をやると、いつの間にかベッドに潜り込んでいて夢の世界に旅立っていた。

「で、どのくらいなんですか?」
「え、えっと……丸々二年くらい、かしら」
「わぁ! 結構長いんですね! じゃあ、結婚とか考えてたりします?」

 ……けっ、こん?
 予想外の単語がフウロさん口から飛び出してきて、私の思考はしばし停止してしまった。フウロさんが私の目の前でひらひらと手を振ったところで、ようやく我に返った。

「聞こえてますかー?」
「え、ええ」
「だから、フウロちゃんは突発的すぎるのよ」
「でも、レインさんって二十代半ばくらいでしょう? そのくらいで二年も付き合ってたら、結婚を考えるんじゃない?」
「で、どうですか?」

 シキミさんは、まるでマイクを向けるように、私に向かってペンを向けた。
 結婚……私とデンジ君が、結婚?

「正直、今言われるまで全く考えたことがなかったかもしれないわ」
「ええー!?」
「デンジからそういう話題はないの?」
「ええ。特には」
「でも、シンオウ地方にいた頃は、レインちゃんはほとんどデンジの家にいたわよね。それはもう通い妻のごとく」
「し、シロナさん、どこからそんな情報を……!」
「某赤いほのお使いから」

 お、オーバ君……!

「それはちょっとマズいんじゃないかい?」

 突然、アイリスちゃんをおんぶしたアロエさんまで話に乱入してきたから、いよいよ逃げられない状態になってしまった。「人妻きちゃった!」と、フウロさんは小さく拍手を送っている。

「それって半同棲してるってことかい?」
「い、いえ、週末にちょっと泊まりに行くくらいで……」
「相手は一人暮らし?」
「そう、ですね。実家ですけど、貿易関係の仕事に就いているご両親は年に一回家に帰るか帰らないか、くらいみたいで」
「ということは、家事や食事なんかはレインが定期的に家に行ってやってあげてる、と」
「は、はい。というか、それはちゃんと恋人同士になる前からなんですけど……」

 そう言うと、アロエさんの眉間に深い皺が刻まれた。なんだろう、まるで母さんから尋問されているような気持ちになる。

「やっぱり、マズいんじゃないかい?」
「え?」
「そういう生活をダラダラと何年も続けていくと、結婚するタイミングが掴めなくなるものだよ」
「は、はぁ」
「結婚したくないのかい?」

 アロエさんの問いに、私は……首を縦に振った。今まで具体的に考えたことはなかったけれど、大切な人と一緒になって、子供を産んで、幸せな家庭を築きたいという願望はもちろんある。でも。

「なんだか、今のままでも十分幸せだから、結婚って具体的に考えたことがなくって、デンジ君の口から結婚って言葉が出ないのも、全然気にならなかったというか」
「やだ、レインさん。まさしく、アロエさんの言うとおりじゃない」
「……あ」
「確かに、そう思ってたらタイミングなんてわからないかもしれませんね」
「ええ」
「ってことだよ、レイン。結婚となるといろいろ大変だからね。もしかしたら、相手の男はレインが何も言ってこないことをいいことに、結婚しないでこのまま都合のいい生活を続ける気かもしれないよ?」

 なんだろう。既婚者からの意見だからか、ものすごく説得力がある気がする。
 結婚は……したい。子供だって、欲しい。そして、そう考える相手は……デンジ君以外に考えられない。
 でも、デンジ君に全然その気がなかったら? 私が何かを口にすることで、今までの幸せな関係まで崩れてしまうなら、私は何も言わずに今までの暮らしを続けるのだと思う。今のままでも、愛されている実感は十分にあるのだし。
 でも、この疑問を抱えたまま、私は今までみたいにデンジ君と向き合えるかわからない……どうしよう。

「レインさーん」
「ダメ。固まってる。考え込んでるわね」
「アロエさんったら、レインちゃんは真面目なんですから」
「真面目でいい子だからこそ、変な男に騙されないようにアドバイスしてるんだよ」
「あ、もしかしてアロエさん、経験が」
「お黙り、フウロ」
「ふぅ。今日はたくさん小説のネタが入りました」

 みんなの会話を遠くから聞いていると、ぽん、と肩を叩かれた。振り向くと、カミツレさんが心配そうに眉を寄せていた。

「ねぇ、レインさん」
「カミツレさん」
「今のデンジがどんな感じか私は知らないけど、もし、もしよ、レインさんは将来誰かと結婚したいとして、でもデンジに全くその気がないなら、別れることも視野に入れなきゃいけないと思うわ」
「え……?」
「だよね。だって、二十代半ばとなると、二年、ううん、それ以上一緒にいて、稼ぎもあるくせに結婚も考えないような男と付き合ってる時間なんてないですよ」
「で、でも」
「まあまあ。レインちゃん。レインちゃんがどれだけデンジを想っているか、逆にデンジがどれだけレインちゃんを想っているか、あたしはよく知ってるつもり。まずは話を切りだしてみないことには始まらないんじゃないかしら?」
「シロナさん……」
「そうだね。そんなにお互いを想い合っているなら、別れるなんてもったいないよ。相手もレインと同じ歳くらいなんだう? 二十代半ばの男なんてまだまだお子様だよ。これからってところだね」
「もともと、アロエさんが言い出したことじゃないですかー。自分はちゃっかり幸せ掴んでるからって」
「あはは! 若いうちにいろいろ経験しておくんだよ! でも、結婚って言葉を出すとプレッシャーを感じる男も多いから、慎重にね!」
「じゃあ、次はカミツレちゃんに質問しちゃいます!」
「えっ!?」

 話題はカミツレさんに移ったようで、少しだけホッとした。でも、今日ここに連れてこられて良かったかもしれない。私とデンジ君のこれからのことを、考える切欠になったから。



2012.06.05
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