vsアイスマスク




「どんなに劣勢になり、厳しい状況でも、そのモンスターボールに手をかけることはなかったな」
「え?」
「何か理由があるのか?」

 セッカシティのジムリーダーであるこおりタイプ使い――ハチクさんに勝利してアイシクルバッジを贈呈していただいているとき、そう声をかけられた。
 そのモンスターボールとは、バッグの一番奥に設置しているラプラスが入ったモンスターボールだ。ハチクさんの目の前でモンスターボールを開き、ラプラスを呼び出す。ラプラスを見たハチクさんは、アイマスクの奥にある瞳を微かに見開いた。

「ラプラスか……本物は初めて見る。噂通りの美しさだ」
「この子は私がシンオウ地方から連れてきた子なんです」

 ハチクさんはラプラスに手を伸ばして、頭を撫でてくれた。知らない人や、自分が認めていない人が触れることを嫌うラプラスだけど、今はむしろ嬉しそうにしている。

「ほう。シンオウ地方から」
「はい。この子とは、シンオウ地方を一緒に旅して、たくさんのトレーナーと戦って、ジムバッジを手に入れて、シンオウリーグに挑戦したなかまなんです。……四天王の四人目で負けちゃったんですけど」

 でも、いつか絶対にリベンジしましょうね。私がそう言うと、ラプラスは高らかに鳴いた。

「だから、イッシュ地方を旅するときは、シンオウ地方を一緒に旅したこの子たちの力になるべく頼らないようにしたいんです。イッシュ地方で出会った新しい仲間たちのことを知るためにも、私自身がトレーナーとして成長するためにも」
「それが理由、か」
「はい」
「きみは強いのだな。己の限界を決め付けけず、常に上を目指し、前だけを見ている」
「……ハチクさん?」

 目を伏せたハチクさんのもの悲しげな雰囲気に同調するように、ラプラスが悲しそうに鳴いてハチクさんに身を寄せた。

「わたしは昔、ジムリーダーだけでなくアクション俳優をやっていた」
「アクション俳優?」
「ああ。ポケモンと共に舞台で芝居をしたり、映画に出たりしていた」
「すごい……! でも、していた、ってことは」
「……今はもう辞めた。撮影中に怪我をしてな、激しい動きをすることが困難になってしまった。その後、今のイッシュリーグチャンピオンに勧められ、ジムリーダーとなったのだ」
「そう、だったんですか……」
「ジムリーダーの仕事はやりがいがあるしポケモンと共にいられるが、ふとしたとき、わたしは舞台を思い出してしまうのだ。これではジムリーダーとして中途半端なままだと思っていても、過去ばかり見てしまう」
「……うまく、言えないのですけど、ハチクさんにとってそれはまだ過去じゃないんだと思います。だって、ハチクさんは今でも、昔出演した映画の台本を声に出して読んだり、昔に近い動きができるよう少しずつリハビリしたりしているのだから」

 そう言うと、ハチクさんは再び目線を上げて私をじっと見つめてきた。
 実際にハチクさんがそういうことをしている姿を見たわけではない。モンスターボールの中から私たちの会話を聞いている、ハチクさんのツンベアーが、教えてくれたのだ。

「それって、過去に縋りついているのではなくて、未来を見ていることだと思うんです。ハチクさんがポケモンたちと一緒に再び舞台に立つ、そんな未来のために」
「……」
「あ……すみません。私、何も知らないのに余計なことを……」
「いや……そう考えると、そうだな、明るい気持ちになれるものだな……きみとバトルができてよかった。ありがとう」

 ハチクさんの目元が微かに緩むと、ラプラスは嬉しそうに鳴いた。この子も、きっと私と同じことを考えている。いつか、再びスクリーンに戻ったハチクさんと彼のポケモンたちが織りなす、素晴らしい物語をこの目で見てみたい、と。



2012.07.22
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