二人で成り立つ幸福論




 セッカシティ。イッシュ地方でも特に寒いとされている街で、冬である今は深々と雪が降り積もり、辺り一面に美しい銀世界を作り上げている。街中にある湿地のほとんどは凍り、高台に建っている風車の羽根には雪が積もっている。
 すぐ近くには『伝説のドラゴンポケモンが真実を追い求める人間を待っている』という伝説が残る、イッシュ最古の建物であるリュウラセンの塔が建っている。それはセッカシティからも見えるほど高い建物で、ここからでもその厳かな雰囲気が伝わってくるようだ。でも、とても綺麗な塔だ。
 雪玉を転がす手を止めて、リュウラセンの塔を見上げていると、ワンピースの裾をシャワーズから引っ張られた。

「あら、シャワーズ」
(雪だるまさんの頭、できたよ)
「本当。早いわね。胴体のほうは……もう少しかしら」
(貸して! シャワーズがコロコロしてきてあげる!)
「ありがとう」

 シャワーズは私が作りかけていた雪玉に前足をかけて、コロコロと転がし始めた。シャワーズが雪だるまを作りたいと言ったことが発端で、外に出てこうしているのだけど、久々に童心に戻れて楽しいかもしれない。
 周辺を一周して戻ってきたシャワーズの雪玉は、私が作っていたときより一回りも二回りも大きくなっていた。これに、もう一つの雪玉を乗せたら、土台は完成。

(わあ! もうすぐ完成だね!)
「ええ。あとは、胴体に頭を重ねて、雪だるまにお顔を描いて、手をつけてあげなきゃ」
(じゃあ、シャワーズあっちで草とか木の枝とか集めてくるね!)

 そう言って、シャワーズは近くの茂みの中に潜っていった。
 さて、私はこの雪玉を抱えて、もう一つの雪玉に乗せないといけないのだけど……乗せられるかしら。シャワーズが仕上げてくれた胴体は私の腰くらいまでの大きさで、頭はその八割くらいの大きさで……抱えられるかしら。でも、シャワーズがせっかく作ったのだし、完成させてあげたい。

「……よしっ」

 雪玉を包むように腕を回して、そのまま勢いよく持ち上げる……のはよかったのだけど、予想以上に雪玉が重かったのと、固くなった雪玉が滑って掴みづらかったのが重なって、私は雪玉を落とした挙げ句、勢いをつけすぎて足下が滑り後ろ向きに倒れようとしてしまった。
 倒れようとした、のであって、実際には倒れていない。両脇から伸びてきた腕が私の体をぎゅっと捉えて、抱き止めてくれたから。それが誰かなんて、その腕を覆っている青い上着と、抱きしめられた感覚から、一発でわかった。

「デンジ君……っ」
「セーフ」
「あ、ありがとう」
「まったく、こけて頭ぶつけても知らないぞ」
「で、でも地面は雪でふわふわしてるからきっと大丈夫よ」
「そのときは雪かぶって風邪引くか凍死だな」
「うっ……」
「風邪引きたくないなら、ほら手袋。マフラーもちゃんと巻く」
「……はい」

 マフラーをぐるぐるに巻いてもらっていると、なんだか小さな子供になってしまったような気分になった。デンジ君も今日はいつもの青いジャケットじゃなくて、フードがついた青いショートダウンを着ている。

「あー……寒いな。よくこんな日に雪遊びしようなんて思ったな」
「シャワーズがお外に出て遊びたいって言ってたから。それに、景色がシンオウ地方のキッサキシティみたいで、懐かしいんですって」
「ふーん。確かにそうかもな」
「でしょう? 私もそう思うわ」
「……」
「デンジ君?」

 なぜか、ぎゅーっという効果音がつきそうなほど強く、デンジ君に抱きしめられた。温かいし、抱きしめられるのは嬉しいけれど、ここは外だし、少し恥ずかしい。

「で、デンジ君っ」
「なんだ?」
「ど、どうしたの……?」
「いや、レインがホームシックになってるんじゃないかと思って」
「え?」
「シンオウ地方を思い出して、恋しくなってるんじゃないかと思って。元々、イッシュ地方にはオレが半ば強制的に連れてきたんだし」
「……ううん。そんなことはないわ。確かに、母さんたちやチマリちゃんたちは今頃どうしてるかなって思うときがあるけど、デンジ君や手持ちのみんなが一緒だから寂しいなんて思ったことないの。イッシュ地方へ一緒に連れて行くって言ってくれたときも、すごく嬉しかった。デンジ君と一緒だと、どこに行っても、何をしても、すごく楽しいから」
「……そっか」

 デンジ君は嬉しそうに笑って、いっそう強く私を抱きしめてくれた。恥ずかしかったけど、私を心配してくれていたことが嬉しくて、ありがとうの気持ちを込めて抱きつき返す。どちらからともなく交わした触れるだけのキスは少し冷たかったけど、心の奥はポカポカして温かい。やっぱり、寂しいなんて感情が沸いてくるはずがないのだ。

(あ、デンジ君もお外に出てきてる!)
「シャワーズ。葉っぱや枝はあったの?」
(うん! ほら!)

 口に咥えてきた葉っぱや枝を、得意げに見せるシャワーズの頭をよしよしと撫でてやる。それらを地面に置くと、シャワーズは辺りを見回しながら首を傾げた。

(あれ? 雪だるまさんの頭は?)
「……あ!」

 シャワーズは、私の足下で粉々になっている雪の塊を発見すると、じっとりした目で見上げてきた。その空気を感じ取ったデンジ君は、私の頭をポンポンと叩いたあと、身を屈めてシャワーズの頭を撫でた。

「よしよし。オレがもっとでかいやつ作ってやるよ。だから機嫌直せ。な?」
(本当? そのあと、雪合戦もしてくれる?)
「……レイン、通訳」
「えっと、そのあと雪合戦がしたいんですって」
「よし、わかった。じゃあ、ポケモンセンターにこもってるオーバたちも連れてこようぜ。雪合戦をするなら大勢のほうが楽しいだろ」
(うん! シャワーズ、オーバ君たちを呼んでくるね!)

 雪の絨毯の上を跳ねるようにして走っていくシャワーズの機嫌は完全に直ったようだ。こういうとき、デンジ君は小さい子やポケモンをあやすのが上手だなって思う。ジムにいるチマリちゃんや塾帰りの二人で、小さい子のご機嫌とりには慣れているのかもしれない。

「ありがとう、デンジ君。助かっちゃった」
「ん」
「でも、ごめんなさいね。こんなに寒い日に、巻き込んじゃって」
「いいよ。オレもレインと同じだしな」
「え?同じ?」
「そ。同じ」
「何が?」

 デンジ君は私をじっと見下ろしていたと思ったら、唇を私の耳へと近付けて、こう言った。

「レインと一緒だと、どこに行っても、何をしても、楽しいってこと」

 その直後、デンジ君の顔を見る前にデコピンをされ、思わず額を押さえいる間に彼は後ろを向いてしまったので、その表情を見ることは出来なかったけど、金髪から少しだけ覗く耳は赤かった。
 ねぇ、やっぱり、デンジ君と見る新しい景色は、どんなものだって、一人で旅をしていたときより、ずっと、ずっと、輝いて見えるよ。



2012.06.18
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