vs大空のぶっとびガール




 これは、今までひこうタイプを侮っていた報復としか思えない。そう思うくらい、ここフキヨセジムの絡繰りはぶっ飛んでいる。いろんな意味でぶっ飛んでいる。オレとレインはジムの入り口に立ち尽くしたまま、呆然とするしかなかった。
 ちなみに、オーバはというと、ジムに入って絡繰りを見た瞬間に「俺のポケモン今日は調子よくないから見学しとくな!」と言って観戦席に逃げた。

「……デンジ君」
「ああ」
「どうしましょう……」
「進むしかないよな。ないけど……」

 目の前に設置された大砲を見ていると、どうしても戦意喪失してしまう。
 ここ、フキヨセジムは高低差のある迷路のような足場の至る所に大砲が設置されている。そして、チャレンジャーはこの大砲を使って、最奥最高の場所にいるジムリーダーを目指さなければならないのだ。
 簡単にいうと、この大砲の中に人間が入り、自身が砲弾となりぶっ飛ばされることで先に進めるのである。な? ぶっ飛んでいることこの上ないだろう?

「おーい! そこのチャレンジャー二人ー! 早く来ないと、アタシ飛行機乗り回しに行っちゃいますよー?」

 遠いところから女の声が降ってきた。きっと『大空のぶっ飛びガール』という異名を持つジムリーダーのフウロの声だ。オレたちがいる位置からフウロの姿は見えないが、きっとフウロはモニターで呆然としているオレたちの姿を見ているに違いない。

「仕方ありませんね。じゃあ、アタシがお手本を見せてあげちゃいます!」

 え、と思った瞬間、オレたちがいる場所から最も離れた大砲が、動いた。次の瞬間、けたたましい音を立てて、大砲は何かを発射したのだ。何か――それは人間だった。赤い髪をプロペラのような髪留めでまとめた女――フウロは大砲から飛び出して、天井から下がっている輪を潜ると、体操選手のように宙で一回転し、華麗に着地した。
 オレは今し方、目の前で起きた出来事を疑った。本当に人間が飛ぶなんて、正気だろうか。実はあの髪留めが見た目通りのプロペラで、あれを使って飛んだのではないかと思ったくらいだ。

「こんな感じです! 頑張ってくださいね!」

 敬礼をしたフウロは再び大砲の中に入ると、ジムの最奥最高地点に飛んでいった。何度も目を擦って自分自身の正気を疑う。今度は、オレがあれをやるのか?

「デンジ君……」
「レイン?」
「私……行くね」
「!? まて、死ぬかもしれないんだぞ!?」
「でも、いつまでも逃げていられないから。……前に、進まなきゃ」
「レイン! 行くな!」

 まるで戦場にいる恋人たちのような会話だ。しかし、何度も言うがここはただのポケモンジムだ。決して死の危険性がある場所ではない。普通ならば。

「レイン!」

 大砲の中に消えたレインは、次の瞬間、爆音と共に宙へと飛び出した。叫び声すら聞こえてこない。きっと、声が出ないほどの恐怖に包まれているに違いない。ライモンジムのジェットコースターすら、レインは怖がっていたのだから。
 放物線の最頂点まで達し、あとは落下するだけとなった。あの高さから落ちれば、よっぽどの運動神経と超人的な肉体を持ち合わせていない限り、よくて足を挫くか、最悪救急車で運ばれることになるだろう。
 レインははためくスカートを片手で押さえながら、右手を落下地点に向かって突き出した。その手のひらから、青白い光が放たれる。波導だ。レインは波導を集めてクッション代わりとして、落下の衝撃をゼロにしてみせた。改めて、波導って何でもありだなと遠い目をしながら思う。

「し、死ぬかと思ったわ……!」
「彼女さん、すごいです! さあ、彼氏さんもいいところを見せないとがっかりさせちゃいますよー!」
「うるせーよ!」

 オレを、レインのようなチート能力持ちと、フウロのような超人的身体能力者と同じにしないでもらいたい。オレは一般人だ。ちなみに、運動神経はそうよくはない。しかし、コツを掴んだのか次々と大砲をクリアしていくレインに、負けてはいられない。男としてなけなしのプライドが、オレを一歩前進させた。
 意を決して大砲に入ると、オレはぎゅっと目を瞑った。なぜか走馬燈が浮かんでくる。今までの思い出が次から次に蘇ってくる。やっぱりもう少し心の準備をしてから、と思った瞬間、オレは足下から強烈な勢いで宙へと押し出された。ジェットコースターとは比較にもならない浮遊感に包まれながら、遺書を書いておけばよかったと本気で後悔した。
 最後の大砲をクリアして、フウロとレインがバトルをしているフィールドにベタンと音を立てて落下した。ボロボロになった体とズタズタになった心に鞭打って立ち上がる。頭上では二体のスワンナが空中戦を繰り広げている。
 「ぶっ飛べスワンナ! 急速上昇!」「追いかけて! そしてブレイブバード!」「迎え撃つのよ! ブレイブバード」ブレイブバード同士がぶつかり合った末、地に落ちたのはフウロのスワンナだった。
 バッジの贈呈をしながら、二人はなにやら楽しそうにお喋りしている。それは結構。仲良きことは美しきかな。しかし、オレはどうしてもフウロとは気が合いそうにない。
 ふらり、とたどたどしい足取りで二人に近付く。オレを見たレインはこれでもかというくらい目を見開いた。

「でっ、デンジ君!? 大丈夫? 真っ青だわ……!」
「その様子だと、ジム戦は無理そうですね?」

 哀れみの目を向けて来やがるフウロに、誰のせいだと問いつめたい。
 とりあえず、今のままでは余りにも格好が付かないので、フウロはサンダースで完膚無きまでに倒すことに決めた。そして、シンオウ地方に戻ったらもう少しチャレンジャーのことを考えたジムに改造し直そう。そうしよう。



2012.03.14
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