蒼の楽園




 世界には様々な洞穴があり、様々な種類のポケモンが住んでいる。それらのうち、たいていのものは薄暗かったり真っ暗だったりしてフラッシュでもないと進めないほどだが、ホドモエシティの北西に位置するこの電気石の洞穴は違っていた。
 この洞穴はその名の通り、電気に満ちた洞穴だったのだ。電気を帯びた石と石が反発しあい宙に浮き、青白く光っている。そのせいか、何かに触れるたびに静電気が走って地味に指先が痛い。個人的にはさっさと通り抜けたい場所なのだが、予想していたとおりデンジがそうはさせてくれなかった。

「そうか……ここが……楽園か……」
「おいおいおい。ちょっと待て、デンジ。こっちの世界に帰ってこい。レイン、ほっとくとこいつ何しでかすかわかんねえから、おもり頼む」
「ふふっ。わかったわ」
 
 恍惚な表情をしたままふらふらと彷徨い出そうとするデンジにいろいろと危機感を覚えた俺は、リードを付けさせる意味でレインと手を繋がせておいた。ちなみに、暗闇が苦手なレインは洞穴を通るとだいたい怯えるのだが、ここは比較的明るいからかケロッとした様子だ。

「レイン! ここにはどんなポケモンがいると思う?」
「そうね。やっぱり、でんきタイプのポケモンが多いと思うわ」
「だよな! どんなポケモンに会えるのか、楽しみだ!」
「ええ」

 おまえ誰だと言いたくなるくらい、デンジは生き生きとした表情をしている。さらに、それを見守るレインが本当に温かい眼差しをしているから、まるで大きな子供と母親のようだと思ってしまった。

「おいオーバ! 何のんびり歩いてるんだ! 下に行くぞ!」
「わかった、わかったよ」

 しかし、こうも生き生きとしたデンジを見るのは久しぶり……でもないか。遊園地みたいなジムなんてと言いながら、ライモンジムの仕掛けに興奮して鼻血出しそうになってたか。無機物に対してあんなに興奮する人間なんてデンジくらいじゃなかろうか、と幼馴染はいえ若干引いてしまったのを覚えている。
 それでも、こういうデンジの姿を見られるのは嬉しかった。まるでガキの頃に戻ったように、目をキラキラさせるデンジなんて絶滅危惧種なのである。だから、静電気が痛いのは我慢して、今日は思う存分あいつに付き合おうと思った。

 そして、デンジのデンジによるデンジのための電気石の洞穴ツアーが始まったのである。

 デンジがまず最初に仲間にしたのはギアルというポケモンだった。歯車ポケモンという名の通り、二体の歯車が噛み合って一つのポケモンとなっているのだが、デンジにしては珍しく非生物的なポケモンを仲間にしたものだと思う。
 あいつはジバコイルのようにでんきタイプだが、いわゆるもふもふ感がないポケモンや、パチリスのように可愛らしい愛玩系のポケモンは仲間にしない主義だった気がする。それを話していたデンジにライチュウがボルテッカーを繰り出そうとした事件も今となってはかなり昔のことである。
 ギアルはどちらかというと前者に当てはまると思うのだが、デンジ曰く「電磁誘導された」らしい。これだから頭がいいやつの喩えは、全くもって理解できん。
 しかし、レインのポケモン図鑑で確認したところ、なんとはがねタイプであることが判明した。デンジは一瞬だけ表情を強ばらせた後で「でんきタイプも兼ねてるだろ?」とレインに聞いたが「ううん。はがねタイプ単体よ」という答えが返ってきた。若干残念そうではあったがそれほど気にしていないようである。それほどにギアルの歯車ボディが気に入ったのか。まあ、オクタンとエテボースが手持ちにいる時点で何を手持ちにしても不思議でも何ともないのだが。

 続いて仲間にしたのがシビシラスというポケモンだった。シビシラスの群れと出会したときのデンジのテンションといったらなかった。今度は予めレインにタイプを確認した後に「でんきタイプ特性浮遊きた!」と奇声を上げた後、なんと群れの中に突っ込んでいったものだから俺とレインは止まりかけた心臓を動かすのに必死だった。あんな、電気魚の群れの中に身一つで突入なんて感電死でもする気なのだろうか。
 幸い、ギリギリのところでサンダースとゼブライカがモンスターボールから出てきてデンジを引き留めたので、デンジは九死に一生を得たようだ。生き生きとしたデンジは貴重だが、普段以上に何をしでかすかわからないので、案外冷や冷やしてしまう。
 サンダースをモンスターボールに戻し、ゼブライカを繰り出して、群の中の一匹をゲットしたデンジは上機嫌で俺たちのところに戻ってきたが、泣きべそをかいたレインの顔を見て若干頭が冷えたようだった。「もうさっきみたいに危ないことはしないでね」と言いながら鼻を啜るレインの頭を撫でて「ごめんな」と謝るデンジは罪悪感を感じているようだが、どうせ次にでんきポケモンと出会したときはまたテンションが戻っているに違いない。

 そんな俺の考えは的中した。もうすぐ出口だというときにレインが「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げて肩を竦めた。どうしたのかと、デンジと揃って視線を送ると、レインは強ばった表情で「背中にポケモンがくっついてきたの……!」と言った。背中という見えないところなのにどうしてわかったのか首を傾げようとしたが、ああ波導かという考えに至るまでそう時間はかからなかった。
 デンジはジッとしているようにレインに指示し、自らは彼女の後ろに回ってその正体を確かめた。ポケモンの姿を確認したらしいデンジは「ちいさ……」と呟いて目を見開いた。頬を染めるな、頬を。俺も確認するためにレインの後ろへと回ったが、思っていた以上の小ささに「ちっさ!」と叫んでしまったほどだ。
 レインの背中にくっついてきたポケモンはバチュル。でんきタイプとむしタイプを兼ね揃えたポケモンで、体長はなんと十センチほどで片手に収まるサイズだった。驚きつつ、さあこのバチュルをどうしようかと唸った。背中から剥がしてやれればいいのだが、下手に触って感電したり毒をもらったりしたら洒落にならない。かといって、このまま放置しておくのはレインが危険だ。
 悩んでいると、ふとバチュルと目があった。すると、バチュルは何を思ったのかピョンと跳ねて、なんと俺のアフロの中に収まったのである。思わず「ぎゃあ!」と叫んでしまった。レインは「そこが気に入ったみたいよ」と安堵の表情を浮かべていたが、次は俺が危ないことに早く気付いていただきたい。
 ならばデンジは、と視線を向けるが、なぜが嫉妬がこもった視線を返された。「オーバのくせに気に入られやがって!」と、激怒したデンジが俺のアフロ目掛け、野球選手が投げる剛速球のごとき勢いでモンスターボールを投げてきた。どこにそんな腕力があるのかと目ん玉ひん剥きそうになりつつ、避ける時間も与えられなかったのでその剛速球をアフロで受け止めた。アフロが衝撃を吸収してくれたが痛いものは痛かった。
 その場にうずくまって悶絶していると、近くでモンスターボールがカタカタ揺れているのが視界に入ってきた。どうやら、弾みでボールがバチュルに当たり、そのままゲットされたようである。デンジの機嫌は元に戻ったが、俺のこの切なさはどうしてくれようか。

「もう出口か」
「本当ね。階段の向こうに光が見えるわ」
「早かったな。あっという間だった」
「実際、洞穴の中を彷徨ってたの五時間弱だからな」
「そんなにか。三十分くらいかと思ってた」
「あんなに濃い三十分ねーよ」
「フキヨセシティのポケモンセンターで今日はゆっくり休みましょう」
「ああ」
「賛成ー!」

 これで静電気やデンジの奇怪な行動ともおさらばである。ほのおタイプのポケモンもいなかったし、俺がこの地を訪れることはもうないだろう。
 さらば、電気石の洞穴。
 洞穴を出る際に名残惜しそうにそこを振り返っていたデンジが「こういう風にジムを改造するのもありかな」と呟いていたことは、聞かなかったことにしたい。



2011.05.07
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