小悪魔アイドル




 5番道路はライモンシティとホドモエの跳ね橋を繋ぐ短い道路だ。ここには、ミュージシャンやダンサー、芸術家といった多くのパフォーマーが集まって、短い道路を賑やかに盛り上げており、観光客が絶えないという。
 俺たちはダンサーのダンスパフォーマンスを見て、芸術家のじいさんにそれぞれの似顔絵を描いてもらった後、道の脇に停車しているトレーラーハウスで売られている焼きたてパンを買ってベンチに腰を下ろし、昼食をとることにした。
 ミュージシャンが弾いているのは麗らかな昼の陽気に似合う穏やかな旋律だ。思わずうとうとしてしまう。

「あっ。デンジ君、見て。木の上」
「ん?」
「なんだ?」

 デンジが着ているジャケットの裾を控えめに引っ張りながら、近くに生える木の上を指さすレインの指先に視線を向ける。そこには、まん丸な大きな耳と腕に持つマント状の膜が特徴的な、可愛らしいポケモンが木の実を食べていた。顔だけを見るとピカチュウとよく似ている気がする。
 レインのポケモン図鑑で確認したところ、でんきタイプとひこうタイプを併せ持つエモンガというポケモンであることが判明した。

「エモンガかぁ。ピカチュウに似たポケモンって結構いるんだな。プラスルとマイナンとか、パチリスとか」
「まあな」
「可愛い。あ、こっちを見たわ」

 俺たちの視線に気付いた野生のエモンガは、木の上から俺たちをじっと見下ろしている。警戒しているような視線ではない。レインが小さく手を振ってみると、エモンガは腕を広げて滑空しながら降りてきた。
 一度デンジの頭の上に着地したエモンガは、そこから肩を伝って降りていき、最終的にレインの膝の上に腰を下ろした。その視線は明らかに、レインが持っているパンに向いている。

「これ、食べたいの?」
「エモエモッ!」
「ふふっ。はい、どうぞ。あーんして?」

 レインがパンを一欠片だけ千切って差し出すと、エモンガは大きく口を開けて美味しそうに頬張った。すでにパンを全部食べ終えてしまっていたデンジは、残しておけばよかったと思ったのかは知らないが、羨ましそうにレインを見ている。

「なあ、デンジ。ゲットしないのか? でんき兼ひこうタイプだぜ? じめんタイプ無効だぜ?」
「そうだけど……可愛いからなぁ」

 デンジはなぜか小さくて可愛らしい、いわゆる愛玩系のポケモンはゲットしない。昔「こんなに小さいポケモンを戦わせるなんて無理だ。こんなポケモンがガブリアスなんかと戦うことになったらどうする? げきりんなんて食らったらどうする? オレは耐えられない」と熱弁された覚えがある。デンジがパチリスを手持ちに入れていないのはそのためだ。ちなみに、ライチュウはそこそこ大きいのでギリギリセーフらしい。

「だよなぁ。おまえ、カミツレちゃんと戦ったときも、エモンガに攻撃するの躊躇ってたもんな」
「おかげでエモンガのボルトチェンジにいいように翻弄された。勝ったけど」
「でもよ、デンジ。次はじめんタイプのジムだろ? 手持ちは多いほうがいいんじゃねえの? 今の手持ちだとサンダースとゼブライカだけだろ?」
「ああ……でも」

 レインからパンをわけてもらって満足したのか、エモンガは俺たちの匂いをクンクンと嗅ぎ回って、なにやら調べているようだ。特にモンスターボールに興味があるらしく、俺のベルトに付いているモンスターボールを揺らしてみたり、レインのバッグの中に顔をツッコんでモンスターボールを探したり、デンジのチェーンについているモンスターボールの中をじっと見ている。

「……ダメだ。オレにはこんなに愛らしいポケモンを戦わせるなんてできない」
「おい」
「よし、もう出発するぞ。オレはサンダースとゼブライカだけでじめんタイプを攻略してみせる。いくぞ、レイン」
「あ、ええ。エモンガ、バイバイ」

 エモンガをベンチに下ろしたレインは、エモンガと目線を合わせて手を振った後、小走りに駆けてきて俺たちの間におさまって歩き出した。
 しばらく歩いていると、レインが小さく悲鳴を上げた。何事かとレインの方に顔を向けてみると、レインの頭に先ほどのエモンガが乗っかっていた。

「エモッ」
「エモンガ? ついてきちゃったの?」
「エモエモッ」
「ははっ! 懐かれてるな! いっそレインが仲間にしちまうってのはどうだ?」
「エモンガを……?」

 レインは試しに空のモンスターボールを出して、エモンガの前でちらつかせて見せた。しかし、エモンガはしばらく考える素振りを見せた後、デンジの肩に飛び移った。
 ぎょっとするデンジを尻目に見て、エモンガはデンジの背中に回りボディバッグのジッパーを開け、中から空のモンスターボールを取り出した。すると、自らその中に入っていってしまったのだ。デンジが目を点にしている間に、モンスターボールは三回ほど揺れ、赤いランプが消灯した。

「……は?」
「あら。ふふっ。デンジ君と一緒に戦いたいみたい」
「なんだ? 好きなのはレインだけど、トレーナーにするならでんき使いのデンジってか?」
「おいおい……」

 なんて言いつつ、満更でもなさそうなデンジである。どうやら、俺たちの旅の仲間に可愛らしいアイドルが増えたようだ。



2012.07.30
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