vsサブウェイマスター




 ライモンシティは夜になっても賑やかで、光と音が消えない街だ。陽がすっかり落ちてからも街を行き交う人の数は多い。その分、一人でいると世界に取り残されているような気にもなるけれど。
 ため息を吐いて、足下に転がっていた小石を軽く蹴った。座っているベンチの隣に建っている時計の針は、もうすぐ二十一時を指そうとしている。

「そろそろポケモンセンターに戻らなくちゃ、デンジ君たちが帰って来ちゃう……」

 そうだよ、帰ろう。とでも言うように、シャワーズとスワンナが入っているモンスターボールがカタカタと揺れた。でも、足に力が入らない、というより、立ち上がる気にならなかった。何も考えたくないのに、私の頭の中はデンジ君とカミツレさんが二人並んでいる映像で埋め尽くされていた。

「比べることがそもそも間違っているのに……はぁ」
「あら?」

 まさか、と思いながらも顔を上げた。目の前に立っていたのは、カミツレさんだったのだ。ズキリ、と胸に鋭い痛みが走ったような気がした。デンジ君との過去を知らなかった頃の私なら、カリスマモデルが目の前にいるという事実に、普通の女の子のように舞い上がっていたかもしれないのに。

「レインさん、で合ってる? デンジがそう呼んでいたから」
「は、はい」
「敬語はやめて。同じくらいか、わたしのほうが年下だと思うし」
「え、ええ……」

 微笑みながら、カミツレさんは私の隣に腰を下ろした。並んで座ると、足の長さの違いがありありとわかって悲しくなる。元々、イッシュ地方に住む人は長身でスタイルがいい人が多いみたいだけれど。
 密かに周りを見回してみる。デンジ君は……一緒ではないみたい。ジム戦はどうなったんだろう。同じでんきタイプ使い同士、どんなバトルを繰り広げたんだろう。何を、話したんだろう。

「あ、あの、ジム戦は……」
「うん、わたしの負け。強くなったわね、デンジ。さすが、シンオウ地方最強のジムリーダーだわ」
「……そう」
「レインさんもジム戦をしてるって聞いたけど、わたしとは戦わないの?」

 戦うつもりだったけれど……無理だ。今バトルをしても、絶対に負けてしまう。相性の問題じゃなくて、私の精神的な問題で。
 悪いとは思ったけれど、カミツレさんの問いには答えずに、私は逆に問いを返した。

「聞いても、いい?」
「ええ。なに?」
「デンジ君と付き合ってたって……」
「ああ。そうね。付き合ってるって言えるかわからないくらい短い期間だったし、終わり方も自然消滅だったけど、一応元カレになるのかもしれないわ」
「……そ、う」
「今、デンジの彼女はレインさんなんでしょう?」
「ええ」

 その質問にだけは、なぜかはっきりと答えた。主張したかったのかもしれない。今、デンジ君の隣にいるのは私だって言って、予防線を引きたかったのかもしれない。
 私って、こんなに嫌で醜い女だったんだ。今、デンジ君はもちろんカミツレさんだって、お互い何の感情も抱いていないはずなのに、どうしても、カミツレさんを好意的に見られない。最低、私。本当に……最低。

「ねぇ、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど、いい?」
「え?」
「お願い。レインさんってバトルが強そうだから、一時間もあれば十分かも」

 手を取られて、半ば強制的に連れて行かれたのは、ライモンシティのアンダーグラウンドだった。
 ライモンシティは全土に渡ってサブウェイ……シンオウ地方でいうところの地下鉄が走っているのだけれど、連れてこられたサブウェイは一般的なサブウェイとは違うようだった。車両は一回り大きいし、ホームに時刻表がない。
 カミツレさんは、複数あるサブウェイの一つを選び、乗った。サブウェイに乗る直前に見えた看板に書いてあったのは……。

「バトルサブウェイ……? ここが?」
「そう。中でもここはマルチトレイン。タッグバトルで勝ち進んでいくの。で、連勝していくとボスと戦えるのよ」
「タッグバトル……?」
「ほら、始まるわ」

 私たちが乗ったのは一両目。正面のドアが開いて、二人のトレーナーが入ってきた。相手がモンスターボールを構えてくるものだから、私も反射的にモンスターボールに手を掛けた。

「シャワーズ!」
「ゼブライカ!」

 カミツレさんとバトルをすることはもちろん、バトルを見たことすら初めてだったけれど、不思議といいコンビネーションで戦えたと思う。カミツレさんがかなりの実力者で戦い方を合わせてくれたから、というのも大きい。私は私で、デンジ君と何度もタッグを組んだことがあるから、でんき使いとのタッグの組み方を自然とわかっていた。
 戦って、勝てば一両進み、またバトル。その繰り返しで、私たちが最終車両の七両目まで来るのに、そう時間はかからなかった。

「さあ、そろそろお出ましかしら」
「え?」
「バトルサブウェイを統べるアンダーグラウンドのボス。サブウェイマスターたちよ」

 七両目へと続く扉が開いたその瞬間、私は目を疑った。全く同じ顔をした二人の男の人がいたからだ。二人を区別出来るのは、まとっているコートの色くらいだと思う。髪型、目の形、身長、何から何まで二人は一緒だ。

「おや? カミツレ様ではありませんか」
「わぁ! いらっしゃい!」

 外見上はそっくりな二人だったけれど、口を開くとその違いが明らかになった。黒いコートの人は低い声で、丁寧な喋り方だ。反対に、白いコートの人は黒いコートの人より声がやや高く、話し方にどこか幼さを残している。どうやら、二人ともカミツレさんの知り合いみたいだ。

「こんばんは。暇そうね、二人とも」
「お察しの通りでございます。本日も、我々サブウェイマスターの元まで辿り着く挑戦者はいないと思っていましたが」
「カミツレちゃんが来てくれた! 嬉しい!」
「しかし、どういう風の吹き回しで?」
「気まぐれよ。たまには挑戦者として来るのもいいかもってね。それに、今日はいいパートナーがいるもの」

 カミツレさんは私の肩をぽんっと押した。同じ形の二組の目が、じっと私を見てる。黒いコートの人が話すことが本当なら、彼らがサブウェイマスター。このアンダーグラウンドを統べる一番の実力者だ。私は緊張しながらも頭を下げた。

「あの、初めまして。シンオウ地方のナギサシティから来たレインといいます」
「レイン様。本日はバトルサブウェイにご乗車いただき誠にありがとうございます。わたくしはノボリと申します。普段はシングルトレインにてサブウェイマスターをさせていただいております。以後、お見知り置きを」
「ぼく、クダリ。いつもはダブルトレインで挑戦者を待ってる。でも、今日は違う。二人が乗ってるのはマルチトレイン」
「お互いの弱点をカバーし合うのか、はたまた圧倒的な攻撃力を見せるのか。どのように戦われるのか実に楽しみでございます。では、始めましょうか」
「ルールを守って安全運転! ダイヤを守ってみなさんスマイル! 指さし確認準備オッケー! 目指すは勝利! 出発進行!」

 黒いコートの人――ノボリさんと、白いコートの人――クダリさんが同時にもんボールを放り投げるのと、私たちがモンスターボールを投げるのはほぼ同時だった。

「シャンデラ!」
「シビルドン!」
「ゼブライカ!」
「シャワーズ!」

 ノボリさんはシャンデラ、クダリさんはシビルドンを繰り出してきた。イッシュ地方で初めて見るポケモンだ。見た目だけじゃ二匹がどんなタイプなのかわからない。まずはポケモン図鑑で確認してから……。

「先手必勝! シビルドン、でんじほう!」
「!」

 しまった、と思った。でんきタイプのシビルドンが放った電撃が、シャワーズへと直進する。しかし、電撃はシャワーズに当たる直前で曲がり、ゼブライカに直撃してしまった。そういえば、デンジ君がゲットしたシママが進化したゼブライカとタッグを組んだときも、同じ現象が起きた。これは……。

「……避雷針」
「うふふ。ご名答」
「ゼブライカの特性でございます」
「あはは! 失敗失敗!」
「余裕ね? クダリ」
「そんなことない! ぼく大真面目! ちょっと忘れてただけ!」
「全く……参ります。シャンデラ、サイコキネシス!」

 巨大な念力の固まりがゼブライカを攻撃した後、続いてシャワーズにも送られてきた。シャワーズは床に伏せて、辛そうにシャンデラ睨み付けている。強い。サイコキネシスはエスパー技の主力ともいえるし、威力も高いけれど、ノボリさんのシャンデラが繰り出したサイコキネシスは一般のそれを上回っている。
 クダリさんも、最初こそ相手が有利になる技を繰り出したけれど、彼にとってきっと戯れの一種だったのだろう。カミツレさんが言うように、私たちを試そうとする余裕がある。

「っ、さすが、ノボリのシャンデラ。強烈な特殊攻撃を仕掛けてくるわね。クラクラしちゃう」
「サブウェイマスター……やっぱり、今まで戦ったトレーナーとは全然違うわ」
「でも、勝つのはわたしたち。ビリビリ痺れるような勝利を掴む!」
「ええ!」

 勝ちたい気持ちは私も同じだった。ポケモントレーナーとして、実力者を倒し、さらなる高見に上りたい。
 サブウェイマスターと戦っているときだけは、私はカミツレさんに対する感情を忘れられた。このバトルを共に勝つために、互いの全力をぶつけ合った。



2011.12.04
- ナノ -