シャイニングビューティー




 シルクハットをかぶってステッキを持ったツタージャ。赤い花を顔につけてパラソルをさすゴチム。他にも、いろんなグッズを身につけたポケモンたちが、ステージの上で楽しそうに歌って踊っている。
 今日、私たちが訪れているのはミュージカルホール。そこでは毎日、素敵な衣装をまとったポケモンたちが音楽に合わせて歌ったり踊ったりして、観客を楽しませているらしい。
 ミュージカルを見るまでは、シンオウ地方でいうコンテストのようなものだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。ポケモンを着飾り魅力を引き出すという点では一緒だけど、コンテストと違ってミュージカルは周りと競うようなことはしない。技も使わない。みんなで一丸となって、一つの芸術を作り出す場所なのだ。
 一つの音楽が終わり、ポケモンたちが一礼すると、ミュージカルホールは大きな拍手に包まれた。私も、手が赤くなるくらい目一杯手を叩いた。

「すごい……! ねぇ、見てるこっちまで楽しくなっちゃうステージだったわね」
「ああ! いやー、ほんとすげーな! 感動ものだ! いいもん見たなぁ!」
「それにしても、おまえがミュージカルを見たいなんて言い出すとは珍しいよな」
「実は私もそう思っていたの。オーバ君なら、スタジアムでのバトルを選びそうと思っていたわ」
「もちろん、スタジアムも行くぜ! あとはバトルサブウェイもな! ライモンシティはイッシュ地方随一の娯楽都市なんだから、楽しめるところは制覇しないともったいないだろ!」
「で、ミュージカルもってわけか?」
「ああ。しかも、今日は特別なんだぜ!」

 オーバ君は興奮気味にミュージカルホールのパンフレットを取り出した。そこには、本日開催されるミュージカルのプログラムと、もう一つ。カラフルな文字でこう書かれている。

「『ライモンシティガールズコレクション』?」
「そうだ! イッシュ地方トップクラスのモデルとそのポケモンがファッションショーをするんだぜ! 絶対見なきゃ損だろ!」
「だから、若い女の子のお客さんが多いのね」
「ふーん。おまえ、変にミーハーなところあるよな。エンタメ好きというか」
「でも、私も楽しみかも。モデルさんたち、みんなきっとすごく綺麗でしょうね」
「それより、オレはこのままポケモン見てるだけでいいけどな」
「冷めてんなぁ、デンジ。でも、そのうちそんなこと言えなくなるぜ! このファッションショーには……」

 オーバ君がそこまで言ったところで、突然、照明が落とされた。そして、今まで灯されていたライトとは違い、色とりどりの煌びやかな光がホールに浮かんでは消える。ミラーボールなんていつ用意されたんだろう。そんなことを思っていると、また突然、ホールにアナウンスが響きわたった。

『お待たせしました! 今日限りの特別イベント! イッシュのトップモデルとそのポケモンによる、ライモンシティガールズコレクションの開催です!』

 そして、ホールが爆発的に明るくなり、軽快な音楽が大音量で流れ出した。あまりの音の大きさに隣でデンジ君が顔をしかめた瞬間、ステージ上には華やかな衣装を身にまとったモデルさんとそのポケモンが、颯爽とウォーキングをしながら登場したのだ。
 私は一瞬で目を奪われてしまった。弾けるような笑顔を見せて観客を魅了するモデルさんにも、そのポケモンにも。まるで、別世界に来たみたいだ。

「うわぁ……! すごいわね!」
「雑誌やテレビで見かけたことがある子ばかりだ! 生だと迫力が違うなぁ!」
「本当、みんな綺麗だし可愛いしスタイルがいいし……」
「……耳が痛い」

 デンジ君は相変わらず仏頂面だ。デンジ君はもともと人混みとが苦手だし、こういうイベントは好きじゃないのかもしれない。
 付き合わせてしまっていることを少し申し訳なく思っていると、女の子たちの黄色い歓声が一際大きくなった気がした。ステージには、なぜか電流をイメージしたような明かりが出現している。

「なに?」
「今日のメインの登場みたいだぜ」
「メイン?」
「ああ。イッシュ地方が誇るカリスマモデルの登場だ……!」

そして、ホールは今日一番の大歓声に包まれた。

「カミツレちゃーん!」

 一部の女の子たちが、そのモデルさんの名前を、声を揃えて呼んだ瞬間。ステージに、二匹のエモンガを引き連れた一人のモデルさんが現れた。
 きっと、彼女がカミツレさんなんだと思う。ゴールドのミニドレスを身にまとって、スキップでもするかのような足取りで踊るようにステージ上に現れ、エモンガたちと戯れながら次々にポーズを取っていく。
 惚けてしまっているうちに、カミツレさんはステージを一周すると、舞台裏に戻っていってしまった。だけど、カミツレさんは衣装を変えて再び現れた。
 今度はさっきまでのように弾けるような笑顔を浮かべていない。露出度が高い黒の衣装をまとったカミツレさんは、ゼブライカを引き連れ、ツンとした表情を浮かべ、鋭い目で観客に視線を投げかけ、完璧にポーズを決めていく。
 カリスマモデルという言葉が一番似合う人だと思った。

「すごい……今までのモデルさんと全然違うわ……」
「だな! なんかもう、レベルが違いすぎて言葉が出てこねぇっていうか、同じ人間とは思えない体のつくりだよな……!」
「……」
「なんだ、デンジ。興味ないって言っときながらガン見じゃねぇか」
「……カミツレ?」
「デンジ君? どうしたの?」
「……いや」

 デンジ君は口元を手で覆い隠しながらも、苦虫を噛み潰したような目をしていた。その目は、ステージ上にいるカミツレさんを凝視している。そしてデンジ君は、私と、オーバ君さえも予期しなかった言葉を呟いたのだ。

「あいつ、元カノなんだよ」

 しまった、というようにデンジ君は口を塞いだけど、もうその言葉は私の耳に届いたあとだった。
 くらり、眩暈がした。周りの音が、少しだけ、遠ざかった気がした。



2011.11.19
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