vsモストインセクトアーティスト




「あー、そーだねー。キミ、むしポケモン使いなよ」

 ヒウンジムのジムリーダーであるアーティとデンジのバトルが終わり、デンジが勝利した証のビートルバッジを授与されているまさにそのとき、間延びした声でアーティは言った。「は?」と言いたげな顔をしたデンジに背を向けて、次にあるレインとのバトルのために、モンスターボールを簡易回復装置にセットしたアーティは、それに背を預けてまた脱力しきったような声を出す。

「だから、むしポケモン。かっこいいし、綺麗だよん?」
「いや、遠慮する」
「えー」
「オレはでんきタイプ使いを極めるって誓っているんだ。まあ、たまにサブとして違うタイプのポケモンを育てることがあるが、むしタイプは」
「デンチュラっていうでんきタイプを兼ねたむしポケモンがいるんだけどね」
「何でもっと早く言わないんだ」

 今まで微塵にもアーティの話に興味を示さなかったデンジの、この手のひらの返し様。さすがでんきタイプオタ……もといプロフェッショナル。
 アーティはどこからか画用紙と鉛筆を取り出して、なにやら絵を描いているようである。それをデンジが食らいつくように覗き込んでいるから、俺とレインもバトルフィールドに降りてデンジの両隣からそれを覗き込んだ。
 アーティはおそらくデンチュラを描いているのだと思う。デンチュラの見た目としては、アリアドスと似ていて足が多く、まさにむしポケモンという感じだ。それよりも……。

「うおおお! すっげ! うまっ!」
「本当……! まるで生きているみたい。今にも動き出しそう」
「ありがとー。はい、完成。これがデンチュラだよん」

 画用紙の向きをくるりと変えて、俺たちによく見えるようにする。確か、芸術家だったっけ? 納得だわ、この絵のうまさ。数分で描いた落書きとは思えねぇな。芸術には興味が沸かないが、この絵は素直にすごいと思う。
 デンチュラが描かれたページを破り、デンジに渡しながら、アーティの視線は俺に向いていた。

「キミはほのおタイプ使い?」
「おう!」
「だと思った。じゃあ、ウルガモスなんかどうかな」

 アーティは再び鉛筆の先を画用紙に滑らせた。ものの五分ほどだっただろうか。画用紙には、まるで太陽の化身のように神々しいポケモンが描かれていた。

「すげえええ! これがウルガモスか! 飛べるのか!?」
「うん。飛べるよん」
「っしゃ! ほのおタイプで飛べるポケモンを探してたんだよ!」
「でも、ウルガモスって野生じゃ滅多にいないんだ。仲間にするのは難しいかもね」
「えー、マジかよ……」
「あの、みずタイプの子はいますか?」

 期待を込めた眼差しでレインはアーティに問いかけるが、アーティは「ぬうん」と困ったように唸り、また画用紙になにやら描き始めた。

「イッシュじゃないけどホウエンになら生息してるよん。アメタマっていう可愛いポケモンなんだけど、進化したらみずタイプが消えてひこうタイプになっちゃうんだよね」

 「はい」と言って、アーティは画用紙を俺達に向けた。水面に浮かんでいるこのポケモンがアメタマだろう。隣に描かれたポケモンは進化系のアメモースなのだろうが、個性的な模様の羽が生えている。レインはアーティが描いた絵を大切そうに受け取った。

「ありがとうございます。ホウエンに行く機会があったら、会ってみたいな」
「うんうん。むしポケモンの魅力をわかってくれて嬉しいよん」

 そう言って、アーティはへにゃりとした顔で笑った。
 俺はむしポケモンやむしポケモン使いに対して偏見を持っていたのかもしれない。むし使いには変わっている奴が多い、と。そんな偏見を抱くのも、主にうちの一番手エースのせいだが、それを改めようと思った。虫使いにもまともな奴が……。

「まあ、むしポケモンは美しくて繊細だからね。ボクみたいな純情ハートを持っていないと心を通じ合わせるのは大変だろうけど、頑張ってね」

 ……前言撤回。やっぱり、むし使いは変わった奴ばかりのようだ。



2012.07.16
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