イチゴとレモンとサイコソーダ




 天高くそびえたつ摩天楼を見上げると、思わず口が開いてしまう。田舎者丸出しだなとデンジには冷ややかな笑みをもらったが、俺が田舎者なら故郷が同じデンジだって田舎者である。
 イッシュ地方最大最長であるスカイアローブリッジを渡った先で俺たちを待っていたのは、イッシュ地方最大の都市――ヒウンシティだった。飛雲という名の通り、上空を漂う雲を貫くような超高層ビルがひしめき合い、その根本ではいくつものストリートが走り多くの人が行き交う、世界的にも有名な大都会なのだ。
 行き交う人々の邪魔にならないように、俺たちは海に突き出た見晴らし台に避けた。

「すっげーな! どこを見てもビルばっかだぜ!」
「本当ね……人が多くて酔いそう」
「オレもこれだけ人が多い街は苦手だ。早くポケモンセンターに行こうぜ」
「いや、待て待て! 大都会にもいろいろ観光するとこがあるんだって!」
「例えばどこだよ」
「えーっと、あ! めちゃくちゃ有名なゲーム会社があるぞ!」
「いや、会社の中を観光は無理だろう」
「じゃあ、セントラルエリアに行こう! ダンサーたちがストリートダンスをしてるみたいだぜ!」
「野郎の踊りを見て何が楽しいんだよ」
「じゃあ、アトリエヒウン! 有名な絵画が展示されてるみたいだぜ!」
「絵画に興味があるのか?」
「…‥ない」

 案をことごとく却下されるが、もしかしたらもう二度と訪れることはないかもしれない街なのに、ただジム戦をするだけの通過点にしてはもったいない。ただ、アトリエヒウンにはレインが微かに反応を示したので、ここは明日にでも寄ってみることになった。
 でも、それだけでは勿体ないので、俺は目を皿のようにして観光ブックを見漁った。

「じゃあ、バトルカンパニー!」
「なんだそれ」
「ただの会社じゃないんだぜ! 社員全員がバトル大好きな会社で、名刺交換代わりにポケモン勝負を仕掛けるらしい! 一般の挑戦者も大歓迎らしいぜ!」
「ほぅ……それは確かに面白そうだな」
「だろ!? まだ陽が高いし、さっさとポケモンセンターに行くのはもったいないって!」
「……いや、やっぱパス」
「なんで!」
「ヤグルマの森を抜けてポケモンたちが疲れてるんじゃないか?」
「あー……」
「はい、決まり。ポケモンセンターに行くぞ。観光とジムは明日な」

 俺自身としては不完全燃焼だが、デンジが言うことも正論なので大人しく前を歩く二人の後をついて行くことにした。なんだよ、俺がいるっていうのにデンジのやつ、レインの背中に腕回しやがって……ん? レインの歩きかたがなんだかおかしいような……あ。
 もしかしてデンジのやつ、レインが歩き疲れてしまったことを察して、なおかつレインには気にさせないように、俺にあんなことを言ったんじゃないか?
 そうだよな、レインは女だし、ブーツだし、俺たちと同じに考えちゃ駄目だよな。新しい街を前に興奮してそこまで気が回らなかったぜ、反省。

「なんだかんだでレインのことを一番わかってるのはデンジだよなぁ……」
「ん?」
「や、なんでもない独り言」

 これだけでかい街でポケモンセンターを探すのも大変かと思ったが、意外と早く見付けられた。が、ポケモンセンターにさあ入るぞと思った直前、道行く人の会話が聞こえてきた。
 「今日火曜じゃん!」「早くヒウンアイスを買いに行かなきゃ売り切れちゃう!」
 俺も、デンジも、そしてレインも、足を止めて互いに目を合わせた。
 ヒウンアイス。それはヒウンシティ、否、イッシュ地方の名物といっても過言ではないくらい有名な食べ物だ。ジョウト地方でいういかり饅頭、ホウエン地方でいうフエン煎餅、シンオウ地方でいう森の羊羹に匹敵する食べ物だ。しかも、ヒウンアイスは小さなワゴンで売られており、その店も毎週火曜日しか開かないという。名産品の中でもレア中のレアな食べ物なのだ。
 話を整理しよう。俺たちは歩きっぱなしで疲れていて、一刻も早くポケモンセンターで受付を済ませベッドにダイブしたい。しかし、今日は火曜日であり街のどこかでヒウンアイスが販売されている。今日を逃せば、次にヒウンアイスを食べられるのは一週間後になってしまう。
 目を合わせること約十秒。俺たちは同じタイミングで回れ右をした。

「アイス! アイスどこだ!? ヒウンアイス!」
「さっきの女の子たちの後をついて行けばわかるんじゃないかしら?」
「レイン、疲れてないか?」
「ありがとう、デンジ君。少し足が疲れたけど、大丈夫よ。ヒウンアイスを食べるの楽しみにしていたし」

 微かに目を輝かせているレインの足取りは先ほどより軽い気がした。甘いものに反応するあたり、やっぱり女の子だなぁと思う。
 しかし、俺たちは予想すらしていなかった光景を見ることになる。

「……おい、オーバ。なんだよこれは」
「なんだよって……人?」
「すごい……全員、ヒウンアイスを食べるために並んでいるのかしら」

 女の子たちについて行った先にあったのは、これでもかというほどの長蛇の列だった。まるで、人気アトラクションに乗るために順番待ちをしている人を見ているようだ。
 とりあえず、最後尾はこちらですという看板の下に並んでみる。看板を持っている人、恐らく店員に確認したところ、三十分待ちということらしい。長くはないが決して短いとは言い難い時間である。
 しかし、俺たちの後ろにも次から次へと人の列が続いていく。結局、ここまできたら買うしかないという意地が勝ち、俺たちはそのまま並ぶことにした。

「これ、途中で売り切れたりしないだろうな? そんなことがあればエレキブルを出してギガインパクトを……」
「あー、よし。ちゃんと食えることを信じつつ、しりとりでもやって時間潰そうぜ。テーマはポケモンの名前もしくは技な」
「何でまたしりとりだよ」
「だってそのくらいしかできるゲームってないだろ?」
「そりゃそうか」
「決まりだな。じゃあ、しりとりの『り』から始めて、俺から行くぜ。えーっと『リザード』。次レイン」
「ド……『ドダイトス』。デンジ君」
「『スパーク』」
「く! クイタラ……‥ちょっと待て待て、セーフ!」
「ちっ」
「ふふっ」
「く、だろ……『クロスフレイム』」
「そんな技、あったか?」
「あった! 伝説のポケモンの固有技……らしい」
「らしいって、ありかよ」
「じゃあ、それで続けるわね。『ムックル』」
「『ルクシオ』」
「『オーバーヒート』!」
「『トゲピー』」
「『ピカチュウ』」
「『ウルガモス』」
「『スバメ』」
「『メリープ』」
「……ぷ!?」
「ああ。ぷ」
「ぷ……ぷー!?」
「ほのおタイプにこだわらなきゃ、いろいろあるだろ」

 いや、確かにそうなのだがなんとなくほのおタイプ関係で続けたい。デンジを一瞥すると、まあ性格の悪そうな顔で笑っている。こいつだって何気に今まででんきタイプ関係のことを答えてきた。ここで俺が折れたら負けのような気がしてならない。
 そして気付けば、あれだけ長々と続いていた列はどこへやら。俺たちの前には一組の客がいるのみとなっていた。
 結局、俺はぷすら答えられずデンジに対して妙な敗北感を覚えた上に、デンジとレインのぶんのアイスを奢る羽目になってしまった。勝負事というのは言い出しっぺが負けるという法則を聞いたことがあるが、正しくそうだと痛感した。
 そして、とうとうヒウンアイスを食すときがきた。透明なケースの中には、様々な種類のアイスが並んでいる。

「うわー! マジで美味そう! 何にすっかなー!」
「オレはこれ。サイコソーダ味」
「私はレモン味にするわ」
「早っ!」
「おまえがしりとりの続きに悩んでいるとき、店員がメニューを配りにきたからな。先に決めといた」
「俺にも言えよ!」
「ごめんなさい。オーバ君、なんだか必死だったから……」

 あ、いや、うん、そうだよな。確かにその通りだ。そんなに申し訳なさそうな顔をしないでくれ、レイン。
 それに、と二人は話しを続ける。

「サイコソーダ味、レインに色が似てるし」
「レモン味、デンジ君みたいな色だったから」

 ……あ、はいそうですか。嬉しそうに両手ハイタッチを交わしている二人を見てると、もう何でもよくなってきて、赤に一番近いイチゴ味を注文した。
 ヒウンアイスは噂に違わぬ美味さで、アイスとシャーベットの間のような食感が絶妙だった。しかし、幼馴染二人が甘ったるい空気を醸し出しながら互いのアイスの食べ比べを始めると、同じく甘いはずであるイチゴ味のアイスが微かにほろ苦いような気がした。イッシュ地方にまでこの二人について来たことを少しだけ後悔した、センチメンタルな今日のこの頃だった。



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