五月雨の果実

「デザートをどうぞ」

 夕食のあとに出てきたのは、赤いルビーのように輝いているさくらんぼだった。果物は特別好きというわけではないが、レインと結婚してからは食べる機会が増えたように思う。オレの好みはもちろんのこと、栄養とか、旬とか、レインはそういったところまで考えて料理を用意してくれる。胃袋を掴まれるって、きっとこういうことをいうんだろうな。

「さくらんぼか」
「ええ。旬だから買ってきちゃった」
「美味そうだな。おまえたちも食べるか?」
「ふふふ。もちろん食べるわよね。シャワーズたちもどうぞ」

 シャワーズやサンダースたちのぶんを小皿に取り分けるレインを横目で見ながら、さくらんぼを一粒つまみ上げた。赤く、丸く、小さく、艶やかでいて、可憐。パンパンに張りつめた粒をかじると、すぐに歯が種にぶつかった。そして、仄かな甘味と仄かな酸味が同時に口内を満たしていく。

「そうだ、レイン」
「なあに?」

 手元に残った茎をくるくると指先で転がしながら、レインに問いかける。

「さくらんぼの茎を口の中で結べるか?」
「え? 茎って、実を食べたあとに残ったこれ?」
「ああ。上手く結べたらいいものをやるよ」
「本当? じゃあやってみようかな……そういえば、何年か前にナタネちゃんたちとランチをしたときもそういう話題になったの。そのときもやってみたんだけど、私は結べなくて」
「あー。レインは結べないイメージがあるよな」
「へも、むふへるほなにはあふの?」

 レインがさくらんぼの茎を口へと含む。唇を尖らせたり、すぼめたりする様子がおかしくて、可愛い。
 返事の代わりに、オレも自分の口の中へさくらんぼの茎を放った。舌の上に茎がのるようにして、半分に折って両端を交差させる。そして端を輪っかの中へと舌で押し込むように入れる。
 べ、と舌を出したオレを見てレインが目を丸くしている。指先で舌にのっているさくらんぼの茎をつまみ上げる……うん、我ながらきれいに結ばれている。

「さくらんぼの茎を口の中で結べるのはキスが上手い証拠らしい」
「!?」
「ははっ! ま、俗説だよ。でも、キスは舌を使うしあながち外れてもないかもな」

 そのとき、レインが静かに片手を挙げた。薄い唇から赤い舌をのぞかせ、その上にのっているものをオレに見せようとする。少々不格好ではあるが、さくらんぼの茎は確かに結ばれていた。

「できちゃった……」

 自分でも信じられないというような声色。そして、じわじわと沸き上がってくる羞恥心がレインの頬をさくらんぼのように染めていく。

「あー、なるほど。付き合うようになってから毎日のようにオレとキスしてたら、このくらい簡単に結べるようになるのも当然だな」

 初めてキスしたとき、レインは固まってなにもできなかった。それが次第に、ぎこちなくもオレの舌を受け入れるようになり、さらには舌の動きを追いかけるようになり、今ではどう動けばお互いが気持ちよくなれるのかを知っている。
 さくらんぼの茎を口の中で結ぶことができるのはキスが上手い証拠、という説はやはり間違いではないのかもしれない。それもオレのためだけに自然と上達してしまったものだと考えると、気分がいい。
 ああ、そうだ。約束を果たさないとな。

「ちゃんと結べたから、いいものやるよ」

 そう言って交わしたキスは、さくらんぼのように酸っぱく、甘かった。



2023.05.18


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