雨が好き。そう言いながら、レインはよく目を細めて微笑む。花を濡らす春の雨も、暑さを和らげる夏の雨も、雪が混じる冬の雨も、レインにとってはどれも大切なものであることを、オレは知っている。
レイン。かつて記憶を失い、雨を怖がっていた彼女が、大切な人たちからそう呼ばれることで雨が怖くなくなるようにと、オレが与えた名前。
あのときは、まさか突発的に提案した名前をここまで大切に思ってくれるようになるなんて、思いもしていなかった。しかし、雨が降るたびに嬉しそうに綻ぶレインの表情を見ることができるのは、悪くない。雨を想うということは、オレを想ってくれているのと同義なのだから。
しかし、この時期に降る雨だけは、どうしてもレインの頭を悩ませるらしい。
「レイン。また頭痛か?」
グラスに水を注いでいたレインはその手を止めると、困ったように眉を下げて微笑んだ。反対の手に持っている錠剤を二錠、口の中に押し込んで水で喉へと流し落とす。血管が薄く透けている白く柔らかそうな喉が微かに動くと、レインはゆっくりと息を吐き出した。
「ええ。でも、いつもの片頭痛だから大丈夫。お薬を飲んでゆっくりしていれば治まるわ」
「毎回のように薬を飲まないと落ち着かない頭痛なんて、結構深刻だろ。ほら、こっち」
促すようにソファーの空いているスペースを叩くと、辛そうにしていたレインの表情が仄かに明るくなった。
レインはオレの隣に腰掛けると、おずおずというように、オレの肩に頭を預けた。自分から甘えてくれるのはいいことだが、もう一歩といったところだな。
レインが辛くならないように、できるだけゆっくり、壊れ物に触れるように最大限優しく、体を支えながら横に倒す。驚いてぱっちりと開いてしまったアイスブルーの瞳は、オレの膝の上からこちらを見上げている。
切りそろえられた前髪をかき分けて、現れた真っ白な額を指の腹でゆっくりと撫でる。一度、二度、三度。繰り返していくと、レインの瞼がうつらうつらと閉じていく。
「デンジ君……」
「しばらく眠ったらいい」
「うん……ありが……とう……」
そう呟いた瞬間に、レインの意識は落ちてしまったようだ。
リビングには微かな寝息と、窓を叩く雨音が聞こえるだけ。遊んでいたポケモンたちも、レインを起こさないようにと別の部屋に行ってしまい、とても静かだ。
「……もう、秋も終わりか」
レインは毎年、この季節――銀杏の葉が落ち切ってしまう秋の終わりになると、雨が降るたびに頭を痛みに支配される。
秋の終わりと冬の始まりを告げる雨――秋時雨。ここまで狂いもなく毎年訪れる痛みを傍で見ていると、体質というよりは呪いや因果のようなものを感じてしまう。
秋の終わりを惜しむように。何かを忘れないようにするために。冷たい雨はレインの体を濡らしているのだと、ありもしない妄執が見えるほどに。
それでもきっと、レインはこの秋時雨も好きなのだと、微笑むのだろう。
「雨が止むまで、おやすみ」
その痛みをなくしてやることはできないかもしれないけれど。その痛みを和らげることができるのだとしたら。
オレはただ、冷たい雨を受け止め続ける、レインにとっての傘でありたいと願うのだ。
2022.11.14