雨粒に響くあなたの声

 雨の音が好き。静かにしとしとと降り続く音。大地に恵みを与えるようにざあざあと降りしきる音。軒下へとぽつぽつと落ちる音。海面を弾くようにぽちゃぽちゃと叩く音。
 そして、お気に入りの傘の上でぱちぱちと踊る音。お気に入りのレインブーツが水たまりをぱちゃぱちゃと踏む音も、私は大好きだ。

「シャワ、シャワ、シャワーッ」
「ふふ、シャワーズったらご機嫌ね」
「シャワッ!」
「そうね。シャワーズも雨が大好きだものね」

 傘をさして歩く私の前を、シャワーズは鼻歌でも歌うような鳴き声を上げながらスキップしている。ソーラーパネルでできている立体歩道橋は滑りやすいから気を付けて、と注意しようとしたところで、シャワーズは前足を滑らせてよろけてしまった。振り向いたシャワーズはどこかばつが悪そうで、私が笑いながら「気を付けてね」と声をかけると元気よく鳴いて、また進み始めた。スキップをする代わりに、尻尾をゆらゆらと揺らしながら。
 立体歩道橋の終着地点に、オレンジ色の屋根の大きな建物――ナギサジムが見えてきた。
 傘を忘れたというデンジ君が、ナギサジムの軒下で雨宿りをしながら私たちの迎えを待っているはず。そんな姿を想像すると、もっと雨の日の散歩を堪能したいという気持ちよりも、早くデンジ君のところに行きたいという気持ちのほうが上回ってしまう。

「あ、いたわ。デンジ君!」

 雨の音にかき消されないように、少しだけ声を張り上げる。壁にもたれかかって雨空を見上げていたデンジ君は、私が名前を言い終わるよりも早くこちらを向いて、笑ってくれた。
 水たまりの中を跳ねるようにして、小走りでデンジ君のもとに向かう。今度は私がシャワーズから怒られてしまいそうだと思ったけど、気にしない。だって、早くデンジ君の傍に行きたかったから。

「デンジ君、お待たせ」
「悪いな。わざわざ傘を持って迎えにきてもらって……? レイン、オレの分の傘はどうした?」
「あ」

 私は、なんて間抜けなのだろう。大好きな雨の中を、大好きなデンジ君と並んで歩くことができると思ったら浮かれてしまって、肝心な傘を忘れてくるなんて。
 しゅんと肩を落としていると、喉の奥で押し殺したような笑い声が雨とともに降ってきた。

「く……っ」
「デンジ君、ごめんなさい……」
「別に謝る必要はないけど、かわいいなと思って」

 私の髪を数回デンジ君の手が撫でる。デンジ君はその手をそのまま下に滑らせて、私が持っている傘の柄を掴む。

「ほら。一緒に入って帰ったら問題ないだろ?」

 それはつまり、相合傘というものかしら。嬉しいような、恥ずかしいような、くすぐったい気持ちだ。でも、デンジ君は雨の下に一歩踏み出して、私が入ってくるのを待っている。
 体が大きなデンジ君が肩を濡らしてしまわないように、できるだけ肩を小さくしながら傘の中に入った。

「レイン」

 雨が降りしきる傘の下で、デンジ君が私の名前を呼んだ。たったそれだけのことなのに、傘と雨で閉ざされた狭いこの空間に、その音はとても美しく、優しく響いて、私の中にぽちゃんと落ちる。

「帰ろうか、オレたちの家に」
「……ええ、デンジ君」

 やっぱり私にとって、雨の音は特別だ。そして、雨の中で聞く音も。私をこんなに幸せにしてくれる音は、デンジ君が私の名前を呼んでくれる声以外にきっと見付けられない。
 デンジ君と肩を並べ、傘の下を歩いて家路につく。私たちの前を歩くシャワーズは来るときよりもご機嫌そうに、雨の中を踊るように歩いていた。



2022.06.26


prev - INDEX - next

- ナノ -