神奥という時代に生きる者たち


 笛の音のようなキャモメの高い鳴き声が、ナギサシティの海岸に響き渡っている。キャモメたちは空を迂回しながら、ときおり地上近くに降りてきて、私たちの傍を戯れるように飛んでは、また空へと戻っていく。驚くくらい平和で穏やかな光景と、数日前まで見ていた風景を重ねては、どうしても不思議な気持ちになってしまう。

「不思議。ついこの前まではヒスイ地方でずっと生活していたのに、もうシンオウ地方で暮らしていた感覚を取り戻せちゃった」
「百五十年そこら違うだけでだいぶ変わるもんだな。衣食住はもちろん、モンスターボールの形状や生息しているポケモンの種類と姿。そして、人間とポケモンの距離感。ヒスイだったら海辺でこんなにのんびりとは過ごせないからな」
「ふふふ。そうね」

 ヒスイ地方でキャモメは見かけなかったけれど、いたとしたらきっと鋭い嘴で人間を攻撃してくるに違いない。そんな光景が易々と目に浮かんでくる。今のシンオウ地方でもポケモンが人間を襲うことはあるけれど、それ以上に、目の前の穏やかな景色のほうが私たちにとっては日常だった。だから、一歩間違えれば命を落としていたような、そんな世界にいたということをたまに信じられなくなる。

「ヒスイ地方での生活を思い出すと、なんだか夢の中のできごとみたいに感じるわ。でも……夢じゃない。ギンナンさんとルテアさんがいてくれたからこそ、今の私たちがいるのね」
「ああ。変わったはたくさんあるが、変わらなかったものもある。この海の群青が一番あのころの面影を残しているかもしれないな」

 私たちが今立っているナギサシティは、かつて群青の海岸と呼ばれた海の未来なのかもしれない。ヒスイ地方の人たちが、当時の海の色をそのままとって群青の海岸と名付けたのなら、私たちの海は当時の人たちの想いを引き継いで、今も変わらない群青を保っている。

「ギンナンさん。ルテアさん。あの時代を生き抜いて、命を繋いでくれてありがとうございました」

 今の時代を生きる私たちがこの海の傍にいられることは当たり前じゃない。ギンナンさんとルテアさんが繋いでくれた命があるからこそだということを、決して忘れない。この群青を見るたびに、私は二人に想いを馳せ続けるのでしょう。

「あ、デンジさんだ!
「レインさんもいる! おーい!」

 聞き慣れたようで、でも酷く懐かしい声に名前を呼ばれた。その声の持ち主たちを視界に入れた瞬間、ギンガ団の調査隊服を着た少年と少女――テル君とショウちゃんの面影を垣間見る。
 私は目を閉じて静かに首を横に振った。ここは現代。テル君とショウちゃんがいるはずがない。
 深く息を吸って、瞼を持ち上げる。ほら、そこにいるのはテル君とショウちゃんによく似た二人――コウキ君とヒカリちゃんだ。

「どうしたんですか?」
「あ、ごめんなさい。ヒカリちゃん。少しぼーっとしていたわ」
「ふふ、変なレインさん」
「ヒカリー! コウキー! 突然走り出してどうしたってんだよ!?」
「ジュン! ごめーん! レインさんたちが見えたからつい」
「はしゃぐのはいいけれど、転んで怪我をしないようにね」

 ジュン君の慌ただしい声と、シロナさんの落ち着いた声があとから追いかけてきた。彼らの色鮮やかな金色の髪を見ていると、イチョウ商会にいたみなさんのことを思い出す。イチョウ商会はヒスイの外、外国からこの地に訪れた人が多かったから、珍しい色素を持った人が多かったっけ。

「珍しい顔ぶれだな」
「本当ね。二人はともかく、あたしたちが同じタイミングでナギサシティにいるなんて偶然かしら?」
「さあ。もしかしたら、集まるべくして集まったのかもしれないな。なあ、レイン」
「ええ。そうだとしたらとても素敵ね」

 懐かしさと、ほんの少しの寂しさと、それ以上の愛おしさを噛み締めながらみんなを見つめた。あの時代を生き抜いて繋がれた命が、今、確かにここにある。



2022.12.02



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