朱殷色の着物


※少しだけグロテスク、ホラー風味な表現が含まれています。苦手な方はこの話を飛ばしてお読みください。また、一部の台詞は意図的に文字化けさせたものです。



 ひたり、ひたり。ひたり、ひたり。響くのはかわいた足音だというのに、まるで綿の上を歩いているようにふわふわした感覚です。頭だってうまく働いていません。それなのに、わたしの体は勝手に動いています。まるであやつり人形みたいですね。

 あらあら? リオル、不安そうな顔をしてどうしたのでしょうか? もうだいじょうぶ。わたしのせいで、あなたまでつらい思いをすることはなくなるはずです。さあさあ、こっちですよ。いっしょにきてください。ほら、もうすぐわたしたちが暮らしていたおうちに着きますからね。

 リオル、この戸をあけてくれますか? 立て付けがわるくて開けにくくて……ああ、ありがとうございます。リオルはちからもちですね。蔵のどこかに、ズリのみがあるはずです。いっしょに探してくれますか? ポケモンはズリのみがだいすきですから、においですぐにわかりますよね?

 もちもちキノコ。いきいきイナホ。ころころマメ。きらきらミツ。ごりごりミネラル。……ああ、ありました。イチョウ商会から買っていたズリのみです。よかった、まだたくさんありますね。うふふ、リオル。今日はよだれを垂らしてはいけませんよ? これは全部、これからつかうのですから。

 足どりがとても軽い。まるで羽が生えたみたい。だって、もうすぐすべてが終わるのですから、こんなにうれしいことはありません。いまなら、どこまでだって走っていけそうなきぶんです。

 ――わたしはどこへでもいける。なんにだってなれる。ねぇ、そうですよね?

 洞窟を通って集落の外に出ると、そこには大きなおつきさまが浮かんでいました。とてもきれい。これからばけものになるわたしにも、なにかを見てきれいだと思うこころが、まだ残っているのですから、ふしぎですね。

 ぐちゃり、ぐちゅり。よく熟れたズリのみはまるで挽いた肉のようにやわらかく、てのひらでも握りつぶすことができました。朱殷色の果汁がしたたりおちて、おいしそうなかおりがあたりに漂いはじめます。リオル、あなたは食べてはいけませんよ? これを食べるのは、わたしたちを助けてくれるポケモンたちなのですから。

 ぽとん、ぽとん、ぽとん。今度はズリのみをひと粒ずつちぎって、洞窟の中におとしていきます。一メートルおきくらいにおとしていけば、だいじょうぶでしょうか。ちゃんと、ついてきてくれるでしょうか。

 ぽとん。最後のひと粒を、集会所のまえに落としたらおしまいです。……あらあら? みなさん、そんな顔をしてどうしたのですか? まるでばけものでも見たようにおびえて、なにをさけんでいるのですか?

「縺イ縺」??シ溘??繝ェ繝ウ繧ー繝槭?鄒、繧後′髮?誠縺ォ??シ」
「蛹悶¢迚ゥ縺後?√≠縺?▽縺碁?」繧後※縺阪◆縺ョ縺具シ?シ」
「縺ソ繧薙↑騾?£繧搾シ√??蝟ー縺?ョコ縺輔l窶ヲ窶ヲ……」

 ごめんなさい。さいごまで聞こえませんでした。だって、あなたのおくちはもちろん、お顔がなくなってしまったのですもの。お顔があったところからは朱殷色のなにかが噴水のようにびちゃびちゃととびちって、あなたのお顔は、ほら、リングマがおいしそうにたべていますよ。

「縺イ縺」?」
「繧九※縺」

 あら? とうさん、かあさん。そんなにこわがらなくてもだいじょうぶです。いっしゅんで、すべてがおわるはずですから。

 ほぉら、リングマのするどい爪が、あっというまにとうさんとかあさんを引きさきました。なまあたたかいなにかが、わたしに降りそそぎます。ねえ、くるしくなかったでしょう? 集落のたいせつなみなさんといっしょになれて、うれしいでしょう?

 ふふふ。リングマたちはみんなおなかをすかせていたのですね。ぐちゃり、ぐちゅりと、ズリのみをつぶすような音が、あちらこちらからきこえてきます。もうすぐ厳しい冬がやってくるのですもの。木のみだけでは足りないでしょう? たくさんたべてくださいね。

 それにしても、にんげんってとてももろいのですね。わたし、はじめて知りました。簡単に腕がちぎれて、関節が反対にまがって、いっしゅんでただの肉のかたまりに……。

 あらあら、リオル。そんなにあわててどうしたのですか? わたしのうしろになにが……まあ、おおきなリングマですね。三メートルを超えているでしょうか。きっと、オヤブンとよばれている個体ですね。だって、おおきくておめめがまっかですもの。まるで、わたしが着ている着物のように……。

「あら?」

 ――あいじろいろのわたしのきものは、いつからまっかになったのでしょうか? これはいったい、なにでそまったのでしょうか?



2022.04.17


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