七.星時雨


 新年ポケモン勝負当日。寒凪の空は青く、高く澄み渡り、凛とした冬の空気が流れている。古い和の街並みでは、茶屋の野田傘や赤い太鼓橋に雪化粧が施されている。
 デンジ、ナツメ、そしてレインの三人は、和の冬景色を背景にして、ビオラが構えているカメラの中に収まっていた。

「はい! 三人とも、バッチリ決めて〜! あ、バディのポケモンたちもカメラ目線をよろしく!」

 カシャ、カシャッ。シャッターを切る軽快な音が数回続く。レインと、撮影を脇から見ていたユイは、ビオラに駆け寄り撮れた写真を覗き込む。

「いいんじゃない! いいんじゃないの! ほら!」
「わあっ! デンジ君とナツメさん、すごく素敵……! ポケモンたちもみんないい顔をしてるわね」
「デンジさんとナツメさんだけじゃなくて、レインさんもすごく綺麗だよ?」
「ふふ。ありがとう、ユイちゃん。私はこの衣装に助けられてるわね」

 着物の袖を軽く持ち上げながらレインは笑う。ハーフアップした髪に着けた星飾りも、レインが動くたび上品に揺れる。

「そんなことないって、言わないの?」
「そういう言葉を聞くのは本人だけでいいだろう?」
「それもそうね」

 写真の出来を気にしないデンジとナツメは、一歩離れたところでそんな会話を見守っていた。
 結局、ナツメが予知した通りデンジはナツメを誘ってチームを組み、レインは約束通りユイとチームを組むことになった。片やカントーとシンオウのジムリーダー同士のチーム。片やジムリーダーに並ぶ実力者と初代WPMのチャンピオンのチーム。華やかな衣装も相まって注目度は抜群だ。

「パシオの新年ポケモン勝負! 新しい衣装とバディで幕開け! 勝負の様子を写真に撮れば大いにパシオをPRできそうね!」
「そうですね。ライヤーさんも喜びそう」
「ってなわけだから、ビシッと決めてきてね!」
「ええ。参加するからには勝つつもりで臨むわ」
「その意気だ! それじゃ、そろそろいくか。レイン、勝ち進んだ先で待ってるからな」
「ええ! デンジ君とナツメさんたちと戦うまで、絶対に負けないわ」
「デンジさんとナツメさんにも負けませんけどね!」
「あら。それは楽しみね。じゃあ、またあとで」

 デンジとナツメは、それぞれエレキブルとリーシャンを連れて和の街の中へと向かった。レインとユイは反対を向き、二人が進んだ方向とは逆に一歩踏み出す。

「じゃあ、私たちも行きましょうか。ランターン」
「ランタンッ」
「はい! 行こう、ピカチュウ!」
「ピッカァ!」

 レインはランターンを、ユイはピカチュウをモンスターボールから出した。その瞬間に、ピカチュウがユイの肩に飛び乗り機嫌よく鳴いている姿を見て、レインは表情を緩めた。
 レインにとって、ピカチュウ系のポケモンといって一番に思い浮かべるのはデンジのライチュウだった。悪戯っ子で甘えんぼうなライチュウにもピカチュウ時代はあったし、当時から傍で成長を見守ってきたレインにとっては懐かしい光景だった。

「そっか。ユイちゃんのバディーズはピカチュウだったわね」
「はい! それがどうかしたの?」
「うん。ちょっと懐かしくて……」
「レインちゃん! ユイちゃん!」

 ひこうポケモンのように、よく通るはっきりした声がレインとユイの名を呼んだ。現れたのは、揺れる白金色の髪と夕暮れ色の瞳を持つ華やかな顔立ちの女性――エイルと、癖のある亜麻色の髪と浅葱色の瞳を持つすっきりした顔立ちの男性――アネモネだった。
 実の姉弟でもある二人はチームを組み、レインたちの前に立ちはだかったのだ。

「エイルさんにアネモネ君」
「あけましておめでとう」
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「もしかして、あたしたちと勝負をしてくれるの?」
「もちろん、そのつもりで声をかけたさ」

 二つの光が弾けて形を成す。エイルが呼び出したのはチルタリス。アネモネが呼び出したのはリーフィアだ。レインたちのポケモンはランターンとピカチュウ。単純にポケモン自体のタイプ相性だけで考えると、レインのランターンがくさタイプの攻撃に弱いぶん、こちらがやや不利だ。

「相手はチルタリスとリーフィア。二人は肩書のあるトレーナーではないけれど、強敵よ」
「それでも、勝つ!」
「ええ」

 レインはスッと瞼を落とした。
 雨が降る。レインの心の中に、しとしとと、静かに雨が降る。レインという一人の女性が、ジムリーダーにも匹敵する実力を持つポケモントレーナーへと切り替わる。そして、雨の中を照らす一筋の光。深海の星。二つの心が、一つになる。
 レインは瞼を持ち上げ、力強い眼差しで相手を見据える。

「ユイちゃん、ピカチュウ」
「え?」
「私たちのことは気にしないで、思いっきり電気技を使って大丈夫よ」

 そしてどこか誇らしげに、自信満々に言い放つのだ。

「でんきタイプのバディーズとのタッグは大得意なの」


 * * *


「おいしーっ! 勝利後のお団子は格別ですね!」
「タンターン」
「おっ、ランターンもいける口だね!」
「ふふっ。ランターンは食べることが大好きだから。はい、ピカチュウもどうぞ」
「チャア」

 エイルとアネモネチームから初勝利を掴み取ったあと。腹が切ない音を鳴らしてしまったユイのために、レインたちは茶屋に立ち寄り休息していた。ユイたちが茶請けの三色団子を頬張る姿を微笑ましく見守りながら、レインは茶碗に口を付け抹茶をいただく。雪化粧で色付いた風情ある景色を眺めながら過ごす穏やかな時間は格別だ。

「でも、本当に助かっちゃいました! レインさんとランターン、敵の妨害をしつつあたしたちが戦いやすいように場を作ってくれるから。あまごいをしたあとにエレキフィールドを展開したり、相手を麻痺させたり! かみなりも必中だし、思いっきり電気技を使ってもランターンにはダメージゼロっていうところも助かりました!」
「ふふ。ユイちゃんたちが楽しくバトルできたならよかったわ」
「でんきタイプのバディーズとのタッグが得意って言ってたけど、何か理由でもあるの?」
「それは……あ」

 白い景色の中に、現れた強い閃光――デンジの姿をその瞳に映した瞬間に、レインの瞳の輝きが増す。レインの世界が、一層色付く。

「次は俺たちと勝負してもらおうか!」
「オーバさんとのコンビネーション、見せつけてやるぜ!!」
「やっぱりおまえも参加してきたのか、オーバ」
「そりゃそうだろ! おまえと再戦できるいい機会なんだから! 俺たちが、おまえらの魂どれだけ熱く燃え盛っているか、確かめさせてもらう!!」

 デンジとナツメチーム対、オーバとジュンチームの勝負が目の前で始まった。
 相手が同郷のよしみとはいえ、デンジの攻撃は最初の一撃から猛然かつ鮮烈だった。いや、よしみだからこそなおさら始めから全力を出さないわけにはいかなかった。相手はデンジ自身の戦い方をよく知る二人、しかも片方は腐れ縁と自他ともに認め合うほど付き合いの長いオーバだ。オーバがデンジの強さを知っているように、デンジもまたオーバの強さを知っている。相手を強敵だと認識しているからこそ、出し惜しみはできない。
 だから、どこまでも鋭く、どこまでも速く、どこまでも強烈な光で、煌めく。

「デンジ君……やっぱりすごいな」
「なるほど、そういうわけかぁ」
「え?」
「ううん。あたしたちももっと頑張ろうね、ピカチュウ!」

 デンジが放つその光に、レインは救われ、憧れ、惹かれて。そして、傍にいたいと、隣に立ちたいと願い、強い光に見合うだけの強さを身に付けたのだった。



2022.01.08

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