五.前触れ


「あけましておめでとう! 新年一発目のポケモンバトルと行こうぜ、デンジ!」

 高く昇った太陽が傾きかけた元旦の昼下がり。セントラルシティの広場に足を運んだデンジとレインは、開口一番に勝負を挑んでくるオーバと出くわした。「あけましておめでとう、オーバ君。今年もよろしくね」と新年の挨拶を丁寧に返しながらも、レインの顔は笑っていた。もう一人の幼馴染は、今年も相変わらずのようだ。

「まったく、おまえはいつも突然だな」
「うるせえ! やるのか? やらないのか? どっちだ!?」
「誰もやらないとは言ってないだろう。……やるに決まってるさ!」
「いいねぇ! そうこなくちゃな! その衣装とエレキブルをバディにした実力、俺たちに見せてくれよ!」
「新年早々ポケモンバトルか! このオレさまが直々に審判をしてやろう!」

 居合わせたライヤーが審判を申し出ると、広場にいたバディーズたちがデンジとオーバを囲むように輪を作り、勝負の行方を見守ろうと集まってきた。
 片や、シンオウ地方最強のジムリーダーとその切り札。片や、シンオウ地方四天王の三番手とパートナーポケモン。野良試合にしておくには勿体ないほどの好カードが揃っている。せっかくその場に居合わせたのにそのバトルを見ない、という選択肢はポケモントレーナーなら有り得ないだろう。

「ふふっ。デンジ君もオーバ君も、新年から張り切ってるわね」
「ターン」
「あ」

 輪の外から勝負を観覧しようとしていたレインだったが、遠くにナツメとリーシャンの姿を見付けてタタタと小走りで駆け寄った。

「ナツメさん、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、レイン」

 ナツメは微笑みを返してくれたが、その表情には僅かに疲労が滲んでいた。

「ナツメさん、大丈夫? 少し疲れているように見えるけれど……」
「……そうね。どこへ行っても人が多いから。それに、この衣装を着ていると」
「ナツメさん! レインさん!」

 溌剌とした少女の声が広場に響いた。ユイだ。ピカチュウをバディーズに連れた彼女はナツメとレインに駆け寄ると、人懐っこい笑顔を浮かべた。

「あけましておめでとう!」
「あら。あけましておめでとう、ユイ。今年もよろしくね」
「あけましておめでとう。ユイちゃん。新年から元気いっぱいね」
「はい! えへへ、今年もよろしくお願いします!」
「あの。ナツメさん、レインさん……!」

 三人で談笑していたところに声をかけてきたのは、エリートトレーナーの男女だった。その手にはポリゴンフォンが握られている。

「一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
「……ええ。いいわよ」
「私でよかったら喜んで」
「じゃあ、あたしがシャッターを押すね!」

 ユイはエリートトレーナーからポリゴンフォンを受け取ると、撮影モードに切り替えて四人を画面の中に収めた。華やかな和装に身を包んだナツメとレインを中心にして、その両脇にエリートトレーナーの二人が立つ。
 二枚連続でシャッターを切り、撮れた写真を確認してもらう。エリートトレーナーたちは満足した様子で、礼を言ってその場を立ち去った。
 ふう、と小さなため息をついたナツメは、先ほど言いかけていた言葉の続きを紡ぐ。

「……新年を迎えるにあたって気持ちを新たにしようとこの衣装を着たんだけど、さっきのように次から次に声をかけられてしまうの」
「私も。写真を撮ってもらえるのは嬉しいけれど、少し気恥ずかしいわね」
「二人とも綺麗だし、すごく似合ってるもんね!」
「……ありがとう」
「ありがとう、ユイちゃん。私もこの衣装を気に入ってるから、褒めてもらえて嬉しいわ。……あ、ナツメさんは人混みで疲れていたのに、大丈夫……?」
「ええ。気にしてくれてありがとう、レイン。……どこか静かな場所で瞑想できたらいいんだけど。新しい年の始まりは心を落ち着け、静かな気持ちで過ごしたいの」
「そういうことなら、ここだと少し難しそう。新年を祝うバディーズたちがたくさんいるし、それに……」

 広場を揺るがした轟音が、レインの言葉をかき消した。広場の中心からは焦げ付いたような臭いが漂い、僅かに煙が立ち上っている。

「なんだよ、おまえたちの強さ! 完敗だ! 熱過ぎるぜ!!」
「……今度はなにかしら」
「ふふ。勝負がついたみたい」

 人垣の中心へと視線を向ける。そこでは、一つのポケモンバトルの決着がついていた。先ほどの轟音と、全力を出し切ったようにカラッとした表情で笑っているオーバを見たら、勝負を見ていなくとも結果を察することができた。勝ったのは……。

「……フゥ。……燃え尽きちまったぜぃ」
「この勝負、そこまで! 勝者はデンジ、エレキブルのバディーズだ!」

 勝者はやはり、デンジとエレキブルだった。
 デンジとオーバはシンオウにいた頃から数え切れないほどの勝負を繰り返してきたし、勝敗はほぼ同じ数だが、今回はエレキブルに合わせた衣装を身に纏ったデンジの気迫がオーバの闘志を押し切ったようだ。
 勝負を見守っていたバディーズたちはわっと湧き上がり、両者に惜しみない拍手を贈る。

「びりびり、すごかったー!」
「新年早々いい勝負が見られた! 大満足だ!」
「今の勝負も盛り上がったが、これで満足してもらっては困る! 本番はこれからなのだからな!」

 そしてライヤーは、高らかに宣言する。

「その名も『新年ポケモン勝負』! ここに開催を宣言するぞ! バディーズ同士がチームを組んでニ対二で戦ってもらう! 最も連勝記録を伸ばしたチームが優勝だ!」
「新年ポケモン勝負、ね……」
「また楽しそうなイベントが始まりそうね」
「うん!」

 沸き立つバディーズたちの外からその様子を見ていたレインとユイは、期待に目を輝かせた。しかし、ナツメはライヤーではなく、先ほどまでバトルをしていた一人を――デンジを見て、目を閉じた。
 瞼の裏に浮かんでくるイメージ。鋭い雷撃で敵を容赦なく倒していくデンジと、それをサポートする自分の姿。背中を預けながら勝ち抜く中で、立ちはだかる想定外の何か。
 スッと瞼を持ち上げて、改めてその目にデンジを映して確信する。

「……私は彼と組んで参加することになるわ」
「彼って、デンジ君?」
「ええ」
「なんでわかるの? もしかして、未来が視えたの?」
「ええ。そのとおりよ。おそらく現実となるでしょうね。それに……これからなにか災いが起こる予感もしているの。このぶんだと静かに過ごすのは難しそうね……」
「災いって……そんな」
「けど、彼と組んで大会に参加するのはその災いを阻止するために必要なことだとも感じるわ。……何が起こるのか具体的にはわからないけど」

 そこまで話すと、ナツメは一呼吸置いたあとにレインを見つめた。

「レインはそれでも大丈夫?」
「え? どうして?」
「だって、あなたと彼は恋人同士でしょう? 彼が私と組むことになったら、嫌な気持ちにならない?」
「全然」

 間髪を入れずにレインは首を横に振った。そこに躊躇いや嫉妬が微塵にも見えなかったものだから、ナツメは安堵するのと同時に些か呆気に取られてしまった。

「私も波導という力を持っているけど、予知能力とは全然違う力だから、どういう経緯でそうなるのかはわからない。でも、デンジ君とナツメさんが組むことでその災いが阻止できるのなら二人は組むべきだし」

 「それに」と、レインはデンジを見つめる。

「私はデンジ君が楽しそうにポケモンバトルをしている姿を見ることができたら、それだけですごく幸せなの。だから、ナツメさん。そのときは、デンジ君のことをよろしくお願いします」
「……素敵な恋人を持ったのね、彼は」

 もしかしたら嫉妬をさせてしまうかもしれない。だって、人間という生き物はそういうものだから。超能力によって他人の気持ちを敏感に感じ取ることができるナツメは、そう思っていた。
 しかし、目の前にいるレインはそうじゃない。ナツメは自らの認識を正すと同時に、微かに表情を緩めた。レインのデンジに対する信頼と愛情の深さは、きっと自分の超能力でも読み取ることはできないのだ。

「じゃあ、レインさんはよかったらあたしとチームを組もうよ」
「いいわね。ユイちゃんが同じチームだと心強いわ」
「ふふ。じゃあ、本番で私たちは敵同士ね」
「ええ。あ、ナツメさん。もしよかったら私たちも今からバトルをしない?」
「……そうね。戦うことはあまり好きではないけれど、ウォーミングアップにちょうどいいかも」
「じゃあ、あたしが審判をするね!」
「ランターン、出番よ!」
「リーシャン、行くわよ」
「……」

 不思議な力を持つ二人の女性のバトルが海碧色の双眼に映し出されていたことを、当の二人は知らない。



2022.01.05

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