四.寅の月


 空気中にバチバチと帯電するほどの電力。雪を溶かしてしまうほどの水量。バディーズ技の余波までも目の当たりにしたデンジとレインは、昂る気持ちを隠しきれずにいた。これが、デンジとエレキブル、そしてレインとランターンの絆が生み出した威力なのだ。

「これが私たちのバディーズ技……!」
「いいぞ! 痺れてきた! もう一発行くぞ!」
「ええ!」

 デンジとエレキブルも、レインとランターンも、戦意は最高潮まで高まっている。もう誰にも止められない。止めることなどできない。この勝負がつくまで、二人の熱を冷ますことは不可能だ。
 デンジとレインは手を振り上げて、次の技を命じようとした。
 そのとき。

「「え?」」

 細長い笛のような音が響いたかと思うと、腹の奥までずっしりと響くような爆発音が聞こえたと同時に、夜空に大輪の花が咲いた。次から次に打ち上げられては、輝きを残して散りながら尾を引くように消えていく。
 戦いの途中ということも忘れ、二人は庭の中心で寄り添いながら花火を見上げた。

「花火だわ。綺麗……」
「ということは、もう年が明けたのか」
「そういうことになるわね。ふふ、バトルに夢中で時間が経つのを忘れてたわ」
「ああ。オレたちはどこまでもポケモントレーナーってことだな」

 さすがに、ここで一旦勝負はおしまいだ。勝敗が決まらなかったのは残念だが、不完全燃焼というわけではない。デンジの表情は雷雨が去ったあとの空のように晴れ晴れとしているのだから、このバトルには満足しているようだ。

 デンジとレインはセントラルシティへと移動した。真夜中だというのに、そこには新年を祝う花火を見るためにバディーズたちが集まっていた。

「新年早々いい勝負ができてよかった。な? エレキブル」
「ブルルッ」
「こちらこそ。ランターンとバディーズを組んで最初のバトルがデンジ君たちでよかった。ね?」
「ターン」
「もう遅いし、このままお家に帰る?」
「だな。明日の勝負に備えて今日は休……」

 そのとき、デンジの声を遮るほどの轟音が空気を振動させた。空が二つに裂かれてしまうと感じるほどの鋭い雷鳴だった。レインは思わずデンジの腕にしがみつき、ギュッと目を閉じた。

「きゃあっ!?」
「なんだ?」
「すごい音と光だったわ……今のは雷?」
「あれは、さっきオレたちが修行していた方向か?」
「そうみたい、ね」
「新年に雷が落ちるとは……」

 デンジは金糸が紡いだ眉の間に皺を深く刻ませていたかと思うと――先ほどバトルを終えたときと同じくらい、晴れやかな笑顔を浮かべた。

「なんて縁起がいい! まるで天がオレたちを祝福しているみたいだ」
「!?」
「今年は……最高に痺れる年になりそうだ!」
「ブールッ!!」

 なんと都合の良い解釈の仕方だろうか、と呆れた様子なのはレインのランターンだ。よく言えばプラス思考なのだろうが、悪く言えば楽観的、もしくは何も考えていないともとれる。雷が落ちたことによる周囲への影響は頭にないようである。
 ランターンは大きなため息を吐きながら、主人であるレインを見上げたが……。

「そうね! デンジ君!」
「!?」
「きっとデンジ君たちのバディーズ技が天高くまで届いたんだわ! さすがデンジ君とエレキブル!」
「サンキュ。でも、その力を引き出してくれたのはレインとランターンだ。だから、あれはオレたちのための雷だな」

 ……これである。デンジとレインが恋人という対等な関係になったことで忘れつつあったが、レインはどこまでもデンジのことを肯定し、盲目的に慕う女だということをランターンは思い出した。それこそ、デンジが「それは白だ」と言えば黒だって白になり、デンジが悪に傾けばそれを正さず自らも悪に傾く。レインはそういう女なのだ。

「そうだ。このまま初日の出を見に海岸に行くか?」
「賛成! そうしましょう! ふふ、シンオウにいた頃を思い出すわね。私とデンジ君とオーバ君で、毎年ナギサの海岸から初日の出を……」
「……」

 しかし、そんなマイペースで、自我が強いデンジだからこそ、レインは惹かれて救われたのも確かなのだろう。太陽のような眩しすぎるほどの光に手を引かれたことで、深海のように暗い場所にいたレインの世界は色付いたのだから。
 ランターンは「仕方がないわね」というように笑って、二人と一匹の後を追うように宙を泳いだ。ランターンにとって何よりも幸せなことは、レインが心から笑っていることなのだから。


 * * *


 海岸には、デンジとレインのように初日の出を拝むためにバディーズたちがちらほらと集まっていた。思ったよりも数が少ないのは、山に登り初日の出を見ようとしているバディーズたちもいるからだろう。長年、ナギサシティという太陽に愛された海の街に住んでいた二人には、海から初日の出を見るという選択肢以外は浮かんでこなかった。

「寒くないか?」
「私は大丈夫。デンジ君のほうこそ、寒そう」
「バトル中は熱くなっていて気にならなかったが、多少の寒さはあるな……」

 レインはともかく、デンジの衣装は片腕が剥き出しのデザインなのだから寒さに関しては仕方がない。いくら寒い地方の出身とはいえ、真冬の海風の冷たさは身に染みる。
 しかし、主人を守るようにエレキブルが風上に回って風を遮ってくれた。デンジはエレキブルの毛並みに手を埋め、優しく撫でる。

「サンキュ、エレキブル」
「ブルァ」
「ターン」
「ランターン。ありがとう、明かりをつけてくれたのね」

 ランターンの明かりに導かれながら、砂浜までゆっくりと進む。少し離れたところには灯台が見える。
 レインはパシオの中でも特にこの場所が好きだった。海と砂浜と灯台はナギサシティのシンボルだから、つい故郷を思い返してしまう。
 そんな場所で、デンジと寄り添いながら朝日を待っている。そんな今の時間がどうしようもなく幸せで、レインは右手でそっとデンジの左手に触れた。すぐに絡め取ってくれるその左手の持ち主が、何よりも愛おしかった。

 そして、時刻は午前七時を回ろうとした頃。水平線の向こうに、一筋の光が生まれた。それは少しずつ水平線から顔を出し、海を、空を、大地を、パシオを照らす。

「夜明けだ」
「綺麗……まるで世界が生まれ変わっていくみたい」

 世界が明るく照らされて、鮮やかに色付いていく。この美しい景色を二人で見られたことに、心からの感謝が尽きない。

「あけましておめでとう、レイン」
「デンジ君、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ、よろしくな」

 来年も、ずっと、こうして二人で、新しい一年を迎えることができますように。レインは朝日にそっと願った。



2022.01.04

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