三.閃の光


 晴れやかな和装に身を包んだデンジとレインは、ブーツの音を鳴らしながらセントラルシティの石畳の道を進んだ。すれ違うバディーズたちの視線は必然的に二人に注がれ、ポリゴンフォンで一緒に写真を撮って欲しいと頼まれることもあった。きっと、今までに特別な衣装を着たバディーズたちも同じような経験をしたことだろう。
 写真撮影が一通り落ち着くと、レインはデンジの腕にそっと触れて、遠慮がちに話しかけた。

「あの、デンジ君」
「ん? どうかしたか?」
「えっと……年越し蕎麦を楽しみにしていてくれたのに、こういうことを言うのは申し訳ないのだけど……今から私たちとポケモン勝負をして欲しいの!」

 言い難そうに言葉を濁らせたあと、レインは意を決したようにハッキリと告げた。
 衣装一つでこうも変わるものなのかと、自分でも不思議に思っている。しかし、バディーズのランターンと同じ色合いの袴に袖を通し、一緒にいるだけで、湧き上がる泉のように胸の奥から高揚感が溢れ出てくるのは事実だった。
 この気持ちをポケモンバトルにぶつけたい。新しいバディーズとしての力を試したい。そんなレインの想いを、デンジは正面から受け止める。

「なるほど。ランターンに合わせた衣装を着て、戦いたくなったってところか」
「! デンジ君には何でもお見通しなのね」
「他の誰でもないレインのことだからな。当然だ。それに、オレだってそうだ」
「!」
「この衣装を着て、エレキブルとの一体感が高まった今、どんな勝負ができるのか試してみたくてたまらないんだ」

 レインと同様に、デンジの海碧色の瞳の奥深くには熱い闘志が燃えていた。恋人同士である前に、ポケモントレーナーである二人の間には、それ以上の言葉は必要なかった。


 * * *
 

 夜の帳の中、デンジとレインの足は自然と人気のない和風庭園へ向かっていた。砂利を踏み、雪が積もった垣根の道を進み、石橋を超えた先にある開けた場所で、十分な距離を取って向かい合う。

「手加減無しで行くぞ! エレキブル!」
「ブルルアッ!」
「ランターン! 新しい私たちの力を見せましょう!」
「タンターン!」

 新しい装いにより戦気を鼓舞されたトレーナーに感化され、エレキブルとランターンも気迫に満ちた咆哮を響かせた。

(とはいえ、レインのランターンの特性は確か蓄電。生半可な電気技は効かない)

 蓄電は、電気技をそのまま自らの体力として蓄える特性だ。敵の電気技を無効化できる上に、ピンチのときは自らに電気技をかけて体力を回復するという戦法をとることができる。
 相手がショートしてしまうほどの電力で攻撃することができればダメージを与えられるかもしれないが、いくらでんきタイプ最高ランクの発電量を誇るエレキブルとはいえ、レインのランターン相手に難しいだろうとデンジは評価していた。
 ならば――電気技以外で攻めるのみ。

「エレキブル、アイアンテールだ!」
「ランターン、まもる!」

 鋼鉄のように硬化させた二本の尻尾が振り下ろした斬撃。その素早さに避けきれないと判断したレインはランターンにまもるを命じ、攻撃を無効化させた。
 さすがだ、とデンジは口角を上げた。レインは、自らのポケモンがなるべく傷付かないように守りを固めた上で攻撃を仕掛ける、という戦い方を得意とする。まもるを出すタイミングもその精度も完璧だ、とデンジは胸の中で称賛した。
 エレキブルからの攻撃を守り切った一方で、レインもまた冷静に勝算を考えていた。

(デンジ君のエレキブルの特性は電気エンジン。電気技を出したら素早さを上げてしまうわ)

 レインは今までに、電気技で押し切ろうとしたトレーナーが電気エンジンの餌食になった様子を何度も見てきた。それに、相手ポケモンが電気技を出すことを見越して交代で出されたエレキブルが電気技をわざと受けることで素早さを上げる、という戦法をデンジが得意とすることも知っている。
 デンジのポケモンは元から素早さの値が高い。電気エンジンが発動してしまったら手に負えなくなってしまう。電気技だけは、避けなくては。
 レインは鏃の先で狙いを定めるように、指先をエレキブルへと向けた。

「ランターン、よく狙って! ハイドロポンプ!」
「かき消せ、エレキブル! ほうでん!」

 ランターンが繰り出したみずタイプ最高ランクの威力を誇る技を、エレキブルは自らの電圧で相殺させた。強いエネルギー同士がぶつかり合い、砂塵が立ち込める先にいるデンジは――笑っていた。

「はははっ!」
「デンジ君?」
「相手に電気技が効かないからって、それ以外の技で様子を見ながら戦うなんてオレたちらしくない。なあ! エレキブル!」
「ブルルルァッ!」
「……そうね」

 この表情だ、とレインは思った。並のトレーナーが相手だと、デンジがこの表情を見せることはほとんどない。あくまでも淡々と、冷静に、的確に、敵を沈めて勝利を掴むだけ。
 しかし、デンジの胸の中に火花を走らせることができたトレーナーは、熱く痺れるような稲妻を表情に滲ませたデンジを見ることができるのだ。
 今のレインのようなトレーナーだけが、見ることを許された光景。その意味と重さを、レインは改めて心に刻む。

「受け止めてみせるわ! だから、私たちの電気技も受け止めて!」
「ああ!」

 デンジがこの表情を見せるに値すると認めてくれたのだ。様子見ばかりではいられない。自分たちバディーズが持つ最大の力を持って、デンジたちに立ち向かう。

「エレキブル!」
「ランターン!」
「「かみなり!!!!」」

 空に雷雲が立ち込める。天鼓が鳴り響き、裁きを下すように雷が落ちる。
 両者が放ったかみなりは、一寸違わぬ精度で相手を貫いた。ビリビリと体の奥底まで響く重低音に、顔を顰めて耐える。が、やはり、エレキブルもランターンも電気技は効かない。
 ならば。他の誰にも使うことができない、自分たちだけのとっておきを、見せる。

「ランターン、私たちの全力を見せましょう!」
「ラーンッ!」

 ――これは、希望が溢れる一年を照らすための光。

「エレキブル! オレたちも全力で行くぞ!」
「ブルァッ!」

 ――これは、最高の一年を望むための光。

「ウォーターレイ!」
「エレクトリックレイ!」

 雷と水の光線が、双方の中央で交わり、爆発する。その瞬間、まるで朝が来たのかと思うほどの光が生まれた。それは、地平線の先まで照らすほどの、強い光だった。



2022.01.03

目次


- ナノ -