二.晴れ姿


 パシオには腕のいいデザイナーがいる。姿を見た者は今までほとんどいないが、そのデザイナーはトレーナーとポケモンをよく観察し、彼らに合ったとっておきの衣装をデザインし、あつらえることができるという。それを身に纏ったトレーナーとそのポケモンは、通常のバディーズ以上に絆を強く結ぶことができるという。その衣装は通称『マジコス』と呼ばれている。
 トレーナーが特別な衣装を身に纏うのはマジコスがほとんどだが、例外もある。
 パシオでは度々イベントが開催される。クリスマスやバレンタインやハロウィンなどの一般的なイベントはもちろんのこと、パシオのバディーズを二つの陣営に分けたポケモン合戦やバディーズで出場する音楽フェスティバルなどパシオならではのイベントもある。
 そのとき、イベントの主催者であるライヤーの指名だったり、または自己推薦だったりで、特別なコスチュームがトレーナーに用意されることがある。そのときは、トレーナーは普段組んでいるポケモンとは違うポケモンとバディーズを組み、新しい可能性と絆を深めることができるのだ。ライヤーとしては、華やかな衣装と派手なポケモンバトルで、外部にパシオをPRすることを目的としていることも大きいが。
 来る新年のために特別な衣装が用意されたというメッセージをポリゴンフォンに受け取ったデンジとレインは、すぐにその足で指定された衣装店へと向かった。もちろん、指定されたポケモンを連れて、だ。

「お似合いですよ、デンジさん」
「これは……すごいな……!」

 デンジは目を見開き、着付師によって新しい衣装を身に纏った自分自身の姿に上から下まで視線を注いだ。
 デンジに用意されていたのは黄と黒を主調とした和装だった。それはデンジがつい先程手にしていたメッセージカードの柄にもよく似た模様が使われていて、衣装デザインの元になったとされるエレキブルと並ぶとパシオのデザイナーの腕の良さが窺える。差し色として使われているエレキブルの目と同じ紅色の帯もパッと目を引き、細かなところまで行き届いているデザインによりエレキブルとの一体感が一層高まっている。

「今回は雷電ポケモンのエレキブルに合わせた衣装をご用意させていただきました。エレキブルはでんきタイプ最高クラスの電力を誇るポケモンですから、雷様が太鼓を叩くイメージと合わせてデザインされています」
「なるほど。だから和太鼓半纏のような衣装なのか」
「お気に召していただけましたでしょうか?」
「ああ! まるでエレキブルと一心同体になったようだ! な?」
「ブール!」

 デンジのテンションの高まりもさることながら、エレキブルの喜び方も負けていなかった。
 デンジはパシオでのバディーズとして普段からレントラーと行動を共にしており、エレキブルがバトルをする機会はシンオウにいた頃よりぐんと減ってしまった。しかし、今回デンジのバディーズとして選ばれて、しかも自分に合わせた衣装を身に纏った主人の隣に立つことができて、エレキブルが嬉しくないはずがないのだ。
 元より、デンジのエレキブルは180cmある巨体と渋い顔付きからは想像がつかないほどやんちゃで茶目っ気がある性格なのだ。嬉しさを誤魔化すことなく巨大を揺らして喜んでいる様子は、トレーナーであるデンジの目から見ても微笑ましかった。

「わぁ! デンジ君の衣装、すごく素敵!」
「! レインも着替えた……」

 着付師と共に別の衣装室から出てきたレインを見て、デンジは動きを止めた。
 レインが身に纏っているのは、いわゆる袴と呼ばれる和服だった。着物は黄色よりももっと薄い淡黄蘗で、流れる水の模様が上品に流れている。袴は深い紫紺色で星屑が散りばめられている。編み上げブーツは足元をキュッと引き締めて凛とした印象を与えてくれる。
 デンジの視線に気付いたレインは「どうかしら?」とはにかみ、ゆっくりその場で一周回ってみせた。髪はハーフアップにされていて、髪留めとしてそこにも一等星が使われている。

「レインさんのバディーズは色違いのランターンですので、袴の色もランターンに合わせた特別なものに仕立てられています。提灯に明かりが灯るように、ランターンと一緒に新年を明るく照らしていただきたい。そんな願いが込めてデザインされています。ランターンは深海の星とも呼ばれていますので、各所には星を散りばめています」
「そんなにたくさんの意味が込められている衣装なのね。自然と背筋が伸びちゃう。ランターン、一緒に新年を楽しみましょうね」
「タンッ!」

 初めてのポケモンであるシャワーズとは別の意味で、ランターンはレインにとって特別なポケモンだった。どのポケモンよりもレインに近い存在。どのポケモンよりもレインを理解している存在。そして、レインがどのポケモンよりも信頼をおいている存在。それが、ランターンだった。
 深海に輝く一等星は、いつもずっとレインの傍で優しく輝き、彼女を見持ってきた。その輝きと共に、レインとランターンは新年を照らす光になるのだ。

「……デンジ君?」
「!」

 薄氷色の瞳に覗き込まれて、ようやくデンジは我に返った。見惚れていて何の反応もできず不安にさせてしまったなんて、格好が付かない。でも、口を開いたところで気の利いた言葉なんて出てきそうにもない。なんせ、言葉を失ってしまうほどの美しさを、生まれてはじめて目の当たりにしたのだから。

「似合ってる。……すごく」
「! ありがとう!」

 結局、在り来りな言葉を絞り出すのがやっとだった。レインの後ろからランターンが「もう少し何かないの?」と言わんばかりにじっとりした視線を向けているが、今のデンジにとってはこれが限界なのだから仕方がなかった。

「……あら。二人も新しい衣装を貰いに来たの?」

 鈴の音が鳴るように澄んだ声と共に現れたのは、カントー地方のジムリーダーでありエスパータイプ使いのナツメだった。彼女は巫女装束をアレンジした動きやすそうな和装を纏っており、バディーズとしてリーシャンを連れていた。

「きみは……」
「ナツメさん、よね? こんにちは」
「……こんにちは」
「ナツメさんたちも新年のバディーズに選ばれたのね」
「ええ。新年を迎えるにあたって気持ちを新たにしようと、申し出を受けてこの衣装を着ることにしたの」
「すごく素敵です! ナツメさんみたいな綺麗な人が着るとなおさら衣装も映えるというか……!」
「……ありがとう。ハッキリ言われると、少し照れるけど嬉しいわ」
「ね? デンジ君もそう思うわよね?」
「あ? あ、ああ……」

 こういう場合は同調したほうがいいのだろうかと、デンジは頭を掻いた。確かにナツメはもともとずば抜けた美しさを持っており、衣装も相まっていつもに増して目を見張る美しさではあるが、しかし……。
 そんなデンジの心境を、ナツメは簡単に察してクスクスと笑った。ナツメが予知能力者であり、他人や物事の気配に敏感ということもあるが、デンジほどわかりやすく顔に出ていれば読む必要もない。

「ふふ。彼、困ってるわよ?」
「えっ? どうして?」
「……」

 どんな美しさを持つ女性が現れたとしても、恋人の晴れ姿を前にしては何をしても敵わないというものなのだ。



2022.01.02

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