一.年の瀬


 十二月ーー別名、師走。その由来は十二月という一年の終わりの月であることから「年が果てる」から「年果つ」になり「しわす」になったとも、年末は僧侶がお経を上げるためにあちこちへと忙しく駆け回ることから「師馳す」から「しわす」になったとも言われている。
 どの説が本当なのか定かではないが、十二月は実際に忙しく、あっという間に過ぎ去ってしまうように感じるものだ。
 ここ、パシオで迎えた十二月も例外なく慌ただしかった。十二月に入った途端に寒さが本格化し、雪がちらつく日が増えてきた。かと思えば、パシオの空から光が消えるという事件が発生し、それが解決してからはすぐに街はクリスマスムードへと移り変わっていった。そして、クリスマスが終わった途端に街は華やかな飾り付けを取り払い、新年に向けての準備を始めた。

「……よし。できたわ」

 大晦日のこと。キッチンをあっちへこっちへと忙しなく行き来していたレインは、ようやく手を止めて満足そうに笑った。
 伊達巻。栗きんとん。昆布巻き。飾り切りかまぼこ。黒豆。田作り。数の子。海老。紅白なます。筑前煮。レインが数日前から仕込んだり、少しずつ作り進めてきた料理が華やかに盛り付けられ、重箱の中に綺麗に収まっている。
 レインが作ったのは、新年を迎えるには欠かせないおせちだった。現在では子供や若者にも親しみやすい洋風な味付けのものや中華風の味付けのものが増えてきたり、店舗で買って済ませてしまう家庭も増えてきていると聞くが、レインは一年で初めて口にするものを自分の手で作り、大切な人に食べて欲しいと思っていた。一つ一つの料理に意味と愛情を込め、新たに迎える一年間の健康と幸せを願いながら作り上げたおせちを、彼は喜んでくれるだろうか。
 そのとき、レインの背後から伸びてきた手が伊達巻を一つ摘み上げた。

「あ」
「ん、うまっ! 甘くてふわふわで美味い!」
「ふふ。デンジ君ったら。でも、気に入ってもらえたならよかった」

 親指の腹までぺろりと舐め取っているデンジを見て、レインはクスクスと囀るように笑った。
 一番喜んで欲しい人に喜んでもらうことができてよかった。レインが何かをしたいと思う、そのほとんどの原動力はデンジなのだ。デンジに喜んで欲しいから。デンジに健康でいて欲しいから。ほんの少しでもデンジの力になりたいから。そんな献身的な想いと盲目的な愛情が、レインを動かす力になる。
 包み込まれるようにさり気なく、当たり前に自分の前で組まれた腕にそっと手を重ね、レインはデンジを見上げる。

「他にもね、ローストビーフとかキッシュとか、洋風で食べやすいものも作ったの。デンジ君はそういうのも好きでしょう?」
「ああ。ありがとな、レイン。大変だっただろ」
「確かに時間はかかったけれど、料理は好きだから全然苦にならないわ」
「そっか。お疲れ様」
「夜には年越しそばも作らなきゃ」
「それは楽しみだな。レインが作る天ぷらは衣がサクサクで美味いから」

 そう言って、デンジはその手で自分の肩の高さにあるレインの頭を撫でた。並んで歩くと凸凹に見えるし、気軽にキスをするには少し開き過ぎている身長差だが、こうして頭を撫でる分には丁度いい高さだった。
 レインは嬉しそうに目を細めて、その体温を甘受する。大きくて温かいその手で触れられると、安心するのと同時に愛情が伝わってくる。ずっと、そうしていて欲しくなるくらいに。

「こっちもだいたい終わったぞ。窓は全部拭き上げたし、普段手が届かない高いところの埃も綺麗にした。パシオで借りている家とはいえ、綺麗にして新年を迎えたいからな」
「わあ、ありがとう! デンジ君のほうこそ、大掃除大変だったでしょう?」
「いや。レントラーとシャワーズが雑巾がけを手伝ってくれたからな。お陰で助かった」
「そうだったのね。ありがとう。シャワーズ、レントラー」

 レインが頭を撫でてやりながら礼を言うと、シャワーズとレントラーは得意そうに喉を鳴らした。その表情が、先ほど頭を撫でてやったときのレインと同じような表情をしていたものだから、デンジは小さく吹き出しそうになるのを堪えた。

「っ……!」
「どうしたの? デンジ君」
「いや、可愛いものが集まってると目が幸せだなと」
「?」
「なんでもない。そろそろ、少し休憩しないか?」
「そうね。あ、みんなに配るメッセージカードも書かなきゃ」
「そうだったな。休憩ついでに書いてしまうか」
「そうしましょう。あとから慌てないように、今のうちに書いておいたほうがいいかも」
「メッセージカードは確かこの前、セントラルシティに出かけたときに買っておいたんだよな。どこにやったっけ……」

 デンジが棚の中からメッセージカードを探している間に、レインはマグカップを二つ用意する。一つには紅茶の、そしてもう一つにはコーヒーのティーバッグを入れて、電気ケトルで沸かしたお湯を注ぎ入れて蒸らす。とびきりの茶葉と豆を使ってもよかったが、それはもっと二人でゆっくりできるときのためにとっておいたほうがいい。

「お。あったあった」
「デンジ君、コーヒーをどうぞ」
「サンキュ」

 デンジは探し出したメッセージカードをテーブルの脇に置くと、レインが差し出してくれたマグカップを受け取って口をつけた。砂糖もミルクも何も入れないということはもちろんのこと、お湯の量も抽出時間も、全てデンジ好みの味になる最良をレインは知っている。わざわざ教わらなくても、長年隣りにいるデンジの好みは自然とレインに染み付いてしまったのだ。
 レインもまた、ミルクをたっぷり使ったミルクティーが入ったマグカップを持ってデンジの正面に座り、メッセージカードを手に取った。
 異国の文化で干支というものがあるらしいが、今年の干支は丑という生き物で、来年の干支は寅という生き物らしい。その干支から着想を得たというメッセージカードは、黄色と黒の模様が使われたデザインだった。

「かっこいい柄ね。デンジ君のエレキブルみたい」
「そういえば、似てるよな。それに雷みたいに……」

 と、そのとき。ポリゴンフォンがメッセージの受信を告げる音を鳴らした。しかも、デンジとレインのもの、二台同時に、だ。
 珍しいこともあるものだ。二人は目を見合わせると、それそれのポリゴンフォンに手を伸ばした。

「あら? WPM運営委員会からだわ」
「レインもか? オレのところにも来てる」
「デンジ君のところにも?」

 レインは首を傾げながら、ポリゴンフォンをテーブルの上に置いた。デンジもその隣に自分のポリゴンフォンを並べる。
 二人のポリゴンフォンの画面には同じ文面が並んでいた。

『貴殿を新年を祝う特別なバディーズに任命する』

 どうやら、この年末年始は例年以上に慌ただしく、でも特別なものになりそうだった。



2022.01.01

目次


- ナノ -