九.春の雷


 ライチュウたちが落ち着きを取り戻してからしばらく経った頃、ポケモン博士であるククイとライヤーが騒動の場に駆けつけた。ライチュウたちの心拍数を測り、もう心配はいらないと判断したククイは、デンジたちに今回の事象に至った原因を推測し、語り始めた。
 ククイいわく、ライチュウたちが興奮状態に陥ってしまったのは連日発生している雷が原因として考えられるという。雷が発生し、空気が帯電したことで、電気を体に取り込み過ぎてしまったのだ。自分の体に収まりきれないほどの電気を発散させようとしているうちに、発電システムをショートさせてしまい今回の停電にも繋がった。
 そして、落雷が多発した原因の一つが、ここにいる。

「それと……エレキブルも原因かもしれない」
「こいつが?」
「雷雲はきみたちが修行をしていたあたりの空で発生したらしい。エレキブルの発電量はでんきポケモン最高クラスだからね。信じがたいが天候に影響したのかも」
「そういえば、私のランターンと一緒に雷を撃ち合ったわね……」
「バディーズ技もな」

 デンジとレインは顔を見合わせて、エレキブルへと視線を送った。エレキブルは気まずそうにするどころか、むしろ誇らしげな笑顔を浮かべている。その隣でため息をついているのは、自分も少なからず今回の原因になってしまったと自覚しているランターンだ。
 彼らのバディーズであるトレーナーたちは……。

「まっ、エレキブルだもんな。そんなこともあるさ」
「さすがデンジ君のエレキブル! 本物の雷神みたい!」

 些細なことだというように笑い飛ばすデンジと、彼らを盲目的に信仰するレイン。つまり、通常運転である。
 そして「やはり貴様が原因ではないかーー!!」というライヤーの叫び声が、二人の笑い声と一緒に木霊したのだった。

 ――その後、ライチュウたちは迎えに来たトレーナーたちの元に無事引き渡され、デンジはパシオの発電システム復旧作業の支援を申し出て、一連の騒動は一件落着となった。ワタルとリーリエ、オーバとジュン、ハチクとビオラもその場に駆けつけ、騒動を解決したデンジとナツメを激励し、その功績を称えて彼らが新年ポケモン勝負の優勝者となることが決定した。

「連勝記録もだいぶ伸ばしたんじゃない?」
「どうなんだ? いったいどれくらい勝ち進めた?」
「途中から数えていなかった。停電騒ぎでそれどころじゃなくなったしな」

 ビオラとライヤーの期待の籠もった問いをデンジは一刀両断して、笑った。まるでナギサシティに浮かぶ太陽のように、周囲さえも明るく照らすような、晴れ晴れとした笑顔だった。

「まあ、細かいことはわからないが楽しかったからそれでいい!」

 そんなデンジを誰もが驚き、呆れる中で、笑っている二人がいた。オーバとレインだ。

「ふふふ。デンジ君らしいわね」
「だな!」

 デンジはポケモントレーナーだ。勝負となれば野良バトルでも公式バトルでも、全力で勝ちを掴みに行く。しかし、勝利できなかったからといってそれが彼にとって無意味なバトルにはならない。勝敗よりも、デンジが重視するのはその過程だ。
 今日は痺れる勝負ができたか? 心が熱く燃え上がったか? きっとどちらも肯定できるバトルだったからこそ、デンジは勝利の回数を忘れるほどバトルに打ち込むことができたのだ。デンジの幼馴染であるオーバとレインだからこそ、理解できる心境だった。

「はーい! それじゃ、みんな集まって!!」

 悠然とそびえ立つ御神木を背景に、ビオラの掛け声に合わせてバディーズたちが集まる。「そこははみ出る!」「もう少しギュッと詰めて!」とビオラが指示する最中で、ナツメは小さく息を吐きだした。

「ナツメさん、大丈夫?」
「ええ。ありがとう、レイン。私は大丈夫よ。静かな一年を送るというのは難しそうだけど……賑やかなのも不思議と心が落ち着くわ。今年もいい年になりそう」
「! ふふ、そうね。賑やかだけれどそれがナツメさんにとって居心地がいいのなら、とっても素敵なことだわ」
「ええ。どうか、素敵な一年になりますように」
「なるに決まってるさ」
「デンジ君」
「パシオにはポケモン勝負の楽しさを思い出させてくれるバディーズがたくさんいる。ここでならオレもきみも、心躍る一年を過ごせるさ!」
「……そうね。予知するまでもないわ」

 シャッター音が鳴り響く。新年の思い出がレンズを通して映し出され、消えない想い出となって残る。そこに写っている誰もが、晴れやかな衣装に負けないくらいの表情で笑っていた。

「デンジさん! ナツメさん!」

 記念撮影のあとに散り散りとなって帰り始めたバディーズを掻き分けて、ユイはデンジとナツメの手を取った。

「ん?」
「どうしたの? ユイ」
「新年ポケモン勝負は終わっちゃったけど、あたしたちとバトルをしてください!」
「! ユイちゃん」

 デンジとナツメチームが優勝したことに、ユイはなんの不満もなかった。勝利の数を数えていないとはいえ、彼らが優勝するに値する働きをしたことも、実際に優勝してもいい勝利数を重ねたであろうことも予想がつく。
 しかし、それとこれとは話が別だ。例え記録には残らなくても、この強者チームを相手に戦ってみたい。この新年ポケモン勝負で自分が思い切り戦える切欠になった、レインをここまで強く導いたトレーナーの腕を見てみたい。ユイはそんな願いをデンジたちにぶつけた。

「デンジ君、ナツメさん。私からもお願いするわ。私とユイちゃんのチームと戦ってください。貴方たちと戦って……勝ちたいの」

 雨を塗り固めた色をした瞳の奥に、一等星が煌めいている。力強く輝く光だ。かつて、ナギサジムのビーコンバッジをかけて戦ったときと同じ眼差しを、デンジは正面から受け止め、同じ光を返す。

「いいぜ。レインとユイの連携と、オレとナツメの連携。どちらが痺れるように輝けるか、勝負だ!」
「また勝手に……でも、いいわ。レインたちとのバトルなら大歓迎」
「なに!? 今からバトルを始めちゃうの!? これをカメラに収めない手はないわね!」

 ビオラが再びカメラを構える。レンズの向こう側で、目が眩むほどの光が溢れ出る。
 デンジに感電するように、周囲の心にも火花が走る。周りを巻き込む程の強い輝きと、痺れるほどの闘志を持って、パシオの空には今日も稲妻が走る。



2022.01.10 END

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