八.巫女鈴


 降りしきる雨の中を、雷撃が落ちた。貫かれたユキノオーとチャーレムは、目を回しながら地面に伏した。レインとユイはハイタッチを交わして勝利を喜んだ。

「勝った!」
「やったわね、ユイちゃん」
「負けてしまいました……でも、勝負自体に悔いはありません! すごくいい勝負をありがとうございました!」
「うん! スズナも熱くなっちゃった! 二人とも、スズナたちの分まで勝ち進んでくださいね!」
「ありがとう、スズナちゃん。スモモちゃん」

 相手チームのスズナとスモモと固い握手を交わし、レインたちは次の勝負の相手を求めてセントラルシティの中を彷徨う。一つ、二つ、とユイが指を折りながら数えているのは、今までに下してきたチームの数だ。

「今ので何連勝でしたっけ?」
「えっと……確か九連勝目ね」
「もうそんなに!? じゃあ、次は記念すべき十連勝目……そうだ!」

 ユイは「名案が浮かんだ!」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。

「レインさん! デンジさんとナツメさんチームを探そうよ!」
「え? いいけれど、どうして?」
「記念すべき十連勝目を、あのチームから勝ち取りたくない?」

 ピタリ。レインの歩みが止まる。
 ここまで連勝するのは、決して簡単なことでなかった。新年ポケモン勝負に参加しているバディーズの中には肩書を持たないバディーズだけではなく、ジムリーダーや四天王やチャンピオン、それ以上の腕を持つバディーズだっている。出くわしてしまえば直ちにポケモンバトルを挑まれる現状で、彼らから勝利を掴み取り、勝ち進むことができたのは、運はもちろんのことレインとユイの実力があったからこそだ。
 ここまで勝ち進むことができた、ユイとのコンビネーションを見て欲しい。そして、憧れて止まない人から勝利を掴み、成長した自分自身を見て欲しい。レインの中でそんな小さな欲求が芽生える。

「……そうね。ここまで勝ち進んだ私たちの強さを」

 レインが視線を上げた、そのとき。視界の片隅で、小さな光が次々に弾けた。

「きゃあっ!?」
「何? 停電?」

 レインとユイが歩いていた道を照らしていた街灯はバチリ! バチリ! と音を立てながら火花を散らしたと思うと、その機能を失って沈黙してしまった。昼間だから街灯がなくても大して支障はないが、街灯だけではなく街中の電光掲示板や自動販売機からも光が消えてしまっていた。
 レインが微かに震えていることに気付いたランターンが、頭の先のライトに光を点す。

「ターン」
「! ランターン……ありがとう。助かったわ」
「突然停電なんてどうしたんだろう……もしかしてまたデンジさんが」
「そんな、デンジ君はナツメさんと一緒にバトルをしているはずだから。それにデンジ君、新年に入ってから機械の改造はまだしていないし……っ!?」

 レインは言葉を中断し、耳を押さえ、空を見上げた。遠い晴天を裂くような轟音と、光が迸ったのだ。

「今のは雷!?」
「さっきの雷は……」

 レインはその雷に見覚えがあった。修行をしていたデンジとレインが新年を迎えてすぐに見た、鋭くも鮮やかな雷。あのときも、今も、特に空が荒れている様子はなく、雷だけが落ちたのだ。

「雷が落ちた方向に行ってみましょう。もしかしたら、停電の原因かもしれないわ。デンジ君への疑いを晴らさなくちゃ」
「え? いいですけど……疑いを晴らすのは難しいんじゃないかな……」

 実のところ、パシオで停電とデンジの因果関係を切り離すのは難しいというのが現状だった。なんせデンジは、パシオに来て数日で街の機械を分解して電気を落としたのだ。そしてあるときは、自動販売機の修理ついでにいらない機能を付け足してその消費電力で街を停電させたこともあった。街灯を違法改造してしまい、機械に詳しい他のバディーズがそれを修理するという出来事もあった。
 パシオにおける電気や機械絡みの事件の影には、高確率でデンジがいる。そんな状況だ。今回の停電もほとんどのバディーズが「シンオウ地方のお騒がせでんき使いの仕業」だと思い込むのも無理はなかった。それをユイもよく知っている。
 しかし、レインはお構いなしに雷が落ちた方向――レインたちが最初にいた和の街並みと雪景色が美しいエリアへと進む。その途中で、二人のバディーズに出会した。オーバとジュンだった。 

「よお! レイン! ユイ! 勝ち進んでるか?」
「オーバ君にジュン君!」
「あれ? どこに行くんだ?」
「さっき、すごい雷が見えたから、停電と関係があるんじゃないかと思って行ってみることにしたの」
「それならデンジたちも向かったって噂だぜ! なんでも、でっかい雷相手に戦いに行ったとか」
「すっげー!?」
「だったら、なおさら急がなくちゃ。ユイちゃん」
「もちろん、一緒に行くよ!」
「ありがとう」

 デンジはでんきタイプのポケモンはもちろんのこと、ポケモンたちの生態や戦い方にも関係してくる電気や電子工学といった学問にも詳しい。落雷と停電も、デンジに任せておけばすぐに解決するだろうという信頼がレインにはある。
 しかし、だからといって自分が何も動かなくてもいいことにはならない。デンジが何かに立ち向かうのであれば、それを支える役目を果たしたい。そう強く思うだけの力があることを、レインは自負している。新年ポケモン勝負をここまで勝ち進むことができたという事実が、その証明だ。
 和の街並みの一角に、デンジとナツメはいた。そこにいたのは彼らだけではなく、頬袋から火花を迸らせているライチュウと、二体のコイルも一緒だった。デンジとナツメは彼らの様子を伺うように対峙している。

「デンジ君! ナツメさん!」
「! レイン」
「あたしもいるよ!」
「ユイ」
「あれは、ライチュウとコイル……?」
「こいつらの放電が原因で、パシオの発電システムがショートしたらしい」
「もしかして、さっきあたしたちがいたところで起こった停電もそれが原因なの?」
「おそらく、そうだろう」
「私たちは彼らを止めに来たの」
「ああ。ライチュウは普段おとなしいが、電気がたまると攻撃的になる。一緒にいるコイルたちもライチュウの影響を受けて興奮しているんだろう。だから、新年ポケモン勝負を勝ち進んだオレたちのコンビネーションで電気を発散させてやっているところだ」
「そういうことなら!」
「私たちも加勢するわ」

 レインが手を振り上げると、ランターンが宙を泳ぎライチュウに近付いた。ライチュウは低く唸りながら静電気を散らせ、ランターンを威嚇する。

「大丈夫よ。受け止めてあげるから」
「ラーイ……チュウウウウウ!!!!」

 ライチュウが放った強烈な電撃を、ランターンは全て自らの体力に変換する。そして、その隙に。

「もらった! ピカチュウ!」
「ピッカ!!」

 ユイのピカチュウが、鋼のように硬化させた尻尾をライチュウへと振り下ろした。

「あの二人もなかなかの連携ね」
「ああ」
「どうしたの? ニヤついているけど」
「いや」

 ナツメは「真面目に戦って」と言わんばかりの物言いたげな眼差しをデンジに向けたが、デンジは緩む口元を誤魔化すことができなかった。
 あの、レインの戦い方。立ち振る舞い方は、間違いなく自分とタッグを組むときのものだと。レインたちがでんきタイプのバディーズと組むに当たり、その戦い方が染み付いているのだと。
 そう考えると、非常に愉快だった。

「オレたちも負けていられないな」
「ええ!」

 デンジはエレキブルに、ナツメはリーシャンに指示を出し、ライチュウとコイルを囲む。ときには電気技を誘発するように立ち回ったり、ときには彼らの電気技を受け止めたり。
 そうやって、どのくらいの時間が経過しただろうか。
 ライチュウたちが纏っていた電気は、落ち着いているようにも見える。しかし、今もライチュウは歯を剥き出しにして唸っているし、コイルの目付きは鋭い。未だ彼らを鎮めるには至っていなかった。

「はあ……はあ……まだダメなの?」
「だいぶ長いこと戦っていると思うのだけど」
「勝負によってあいつらの電気はかなり発散された。しかし……オレたちに囲まれて攻撃されたからか緊張状態が続いてるようだ」
「あらら……あとから来たあたしたちも原因かも……」
「これは長引くかもしれないな……」
「……そう。わかったわ」

 ナツメが片手を上げると、リーシャンは攻撃の手を止めた。そして、ライチュウたちに近付き、視線を合わせるように屈む。

「ナツメさん!」
「そんなに近付くと危ないぞ!」
「大丈夫よ。怖くないから」

 リーン……リーン……。美しい鈴の音が鳴り響く。それは冬の冷たい空気を振動させて周囲に広まり、聴いた者を癒やしていく。ライチュウやコイルたちの目付きから、鋭さが消えていく。

「綺麗な音……」
「今のは……?」
「すでに電気を発散させているのなら、あとは気分を落ち着かせるだけ。私はいつも、リーシャンの鈴の音を聞くと心が落ち着くから、それを試してみたの」
「本当だわ。ライチュウもコイルたちも落ち着いたみたい」
「よかったー。ビックリさせてごめんね」
「……そういうことか。ヒヤヒヤしたぜ。あとはこのポケモンたちをトレーナーの元に返すだけだ」

 デンジはポリゴンフォンを取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。どうやら当てがあるようだ。
 レインは、リーシャンを労っているナツメに近寄った。

「リーシャンもお疲れ様。よく頑張ってくれたわ」
「ナツメさん、もしかして……」
「ええ。災いというのはきっとこのことだったのね。阻止できてよかった」

 ナツメが微笑むと、リーシャンも安堵したように体を揺らした。リーシャンが奏でる透き通った優しい鈴の音色が、冬の空高くどこまでも響き渡った。



2022.01.09

目次


- ナノ -