NEW LOOK

 初めて行く場所には、新しい服を着ていきたい。新しい服に袖を通すと新しい自分になれるし、新しい靴を履くと素敵な場所へ連れていってくれる気がするから。
 何かの雑誌で読んだことのあるその言葉の意味が、今ならわかる気がする。
 デンジ君との新婚旅行として訪れたここ、カロス地方のミアレシティ。カロス地方の中心部である芸術の街で、私は新しい服に身を包んでいる。

「お客様。いかがでしょうか?」
「わぁ……とっても素敵です」

 店員さんが選んでくれたのはシンプルなシフォンのロングワンピースだった。「ぜひ着てみてください!」と試着を促されたときには、私には大人っぽすぎるんじゃないかと戸惑ったけれど、さすがはプロの仕立てだった。ウエスト部分はリボンで調節できるから、背がそう高くない私でもスタイルがよく見える気がするしとても助かる。
 カロス地方には各地にお洒落なブティックがあるけれど、特にここ、ミアレシティのブティックであるメゾン・ド・ポルデは世界的に有名な高級ブティックであり、普通の人では入店を断られることもあるらしい。
 なぜ私とデンジ君がメゾン・ド・ポルデに入店できたかというと、ホウエン地方チャンピオンであるダイゴさんの計らいだった。新婚旅行に出発する数日前に、デンジ君へと連絡を入れたダイゴさんは「結婚祝いがまだだったよね? 新婚旅行先がカロスのミアレシティなら、ここの店の洋服を好きなだけ買ってよ。ボクからのお祝い。せっかくの新婚旅行だし、新しい服で楽しまなきゃ」と言って、一通の便箋を転送してきたのだ。
 それに何が書いてあったのか私とデンジ君は知らないけれど、便箋の中身を見たブティックの店員さんが、一斉に私とデンジ君を取り囲み、ドレスアップを始めたのだった。

「いかがいたしましょうか?」
「このお洋服に決めます」
「かしこまりました。では、小物もコーディネートして参りますね」
「え? でも」
「ツワブキ様から、一式コーディネートするよう、ご用命いただいておりますので」

 洋服だけを結婚のお祝いとしていただくのならまだしも、次から次へと本当に大丈夫なのかしら。と、私の意思に反してどんどんアイテムが身に付けられていく。
 柔らかく歩きやすそうだけどきれいめなパンプス。小さく見えるけど意外と収納力のあるショルダーバッグ。街の雰囲気に合うようにエレガント寄りの格好ではあるけれど、新婚旅行ということも考えて動きやすさも兼ねたコーディネートをしてくれた。

「こちらでお連れ様がお待ちですよ」

 鏡に映った自分をボーッとして眺めていると店員さんに声をかけられたので、案内されるがままに店内を進む。すでに着替えを終えたデンジ君は、ソファーでまったりくつろぎながら観光マップを見ていた。
 黒に近いダークブルーのレザージャケットを前を開けて羽織り、デニムのスキニーパンツをはいている。インナーは白い薄手のニット。足元はレースアップしたショートブーツだ。
 普段のデンジ君の格好よりも、大人っぽいというか、男の人らしいというか、きれいめというか……。

「かっこいい……」

 思わず言葉に出てしまい、頬に熱が集まるのを感じながら慌てて口元を手でおおった。本音が出てしまったことを恥ずかしく思っているわけではないけど、店員さんも傍にいるのにポロッと出てしまったことが恥ずかしい。
 焦る私を見て、デンジ君は少し意地悪そうに笑って。

「レインも、いつもより大人っぽくてきれいだよ。似合ってる」

 と、言うものだから、私はコータスのように顔から噴煙してしまいそうになった。ほら、店員さんが「まぁ」と言うように、にこやかに笑っている。わざとだ。絶対に、わざと。こういうときだけ、私を困らせたいからって、そんなことを言って。
 少し口を尖らせていると、デンジ君は笑いながら唇を私の耳元に寄せてきて。

「悪い悪い。でも、似合ってるのは本当だからな」

 と、言ってくれた。

「じゃ、行くか」
「ええ。でも、あの、お会計は本当に……」
「ツワブキ様より賜っておりますので」

 ああ、なんというか、世界的なブティックにまで顔が知れているダイゴさんに、もはや畏敬の念すら抱いてしまいそうだ。お祝い以上のものをいただいてしまった気がしてならない。
 メゾン・ド・ポルデを出ると、ミアレシティを象徴するプリズムタワーが目に飛び込んできた。

「さあ、どこから行く? グランドホテル・シュールリッシュにチェックインするまではもう少し時間があるからな。今日行けるところは行っておこうぜ」
「えっと、私はサロン・ド・ロージュでヘアセットして、トレーナープロモスタジオで記念撮影して、お洒落なカフェ巡りもしたいし……あっ、シャワーズがしるやに行ってみたいって言ってたからそこにも行かなきゃだし、お土産にミアレガレットも買わなきゃ……!」
「ははっ! 一日じゃ回れないな。まぁ、まだまだ日にちはあるしのんびり観光しよう」
「ええ。デンジ君は? 行きたいところ、調べたんでしょう?」
「オレはやっぱりプリズムタワーが気になるな。でんき使いのジムリーダーがいるポケモンジムらしいし、あのタワーの仕掛けにも興味がある。あと、ミアレシティのレストランはポケモンバトルもできるみたいだから制覇したい……って、せっかくの新婚旅行なのにバトルのことばかりだな」
「ううん。私も気になるもの。行きたいところ全部行きましょう!」
「だな。まずは、ポケモン研究所に行くか。ポケモン図鑑をバージョンアップしてもらってから、どこかカフェにでも入って休憩しよう」
「ええ」

 知らない街。知らない人たち。でも、隣にはデンジ君がいる。手を繋いで、知らない景色を一緒に知ることができる、それが本当に嬉しい。
 新しい靴で、私たちは一歩を踏み出した。まだまだ旅は始まったばかりだ。



2019.10.13



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